「やっぱり櫂君はいつも一緒にいるから、連携とかうまくできるかなーって………」 「だそうだ、本人もこういう訳だ、諦めろ」 レンからアイチを引ったくり自分の腕を中に治めた櫂は満足そうに、それでいてドヤ顔でレンを見下していた。 ミサキやアサカが「うわあ…」と引き気味の声を上げるもののアイチはそれさえも格好良く見えるものなのか頬を染めていた。 「先導アイチはなんで櫂を選んだのよ、王子様役はレン様が適任なのに!」 「俺様に言わせりゃどっちも゙王子様゙って玉じゃないだろ」 アサカがハンカチを噛んで悔しがりそうなくらいにそう声を上げていれば、キョウはぼそりとそう呟いた。その意見にミサキは心の中で「確かに」と同意した。 すると舞台裏に足音が響き渡り、その足音を確認するように全員が振り向けば王子様と言うにふさわしい正装に身を包む櫂とアイチのような可愛いらしいデザインとは掛け離れた漆黒のドレスを着こなすレンが立っていた。 ある意味両者は役に引けを取らない着こなしようである。 「レン様、もうそろそろ出番ですよ」 「えぇ、わかっています」 幕は下りて、全員がセット替えを始める。アイチは胸を撫で下ろしたようにふらふら舞台裏に帰って来るのを見て櫂はアイチの頭を撫でた。 「頑張ったな……」 「でも、練習通り出来なかったかな……」 「十分だ、お前が頑張ったのは俺はちゃんと知ってる」 するとアイチも笑顔を取り戻して櫂に笑顔を向けた。そんなアイチを見て櫂は口元を綻ばせる。 「似合ってるな、その服」と言えばアイチは自分の着ている服装を思い出して赤くなってしまった。 舞台では先ほど明るいセットとは違い暗い王宮の中をイメージさせるようなものへと切り替わっていた。その中にレンは良く馴染んでいて、なんの違和感もなかった。 『鏡よ、鏡。世界で一番美しいのは誰ですか?』 『それは…アイチ姫です』 無駄に乗り気のレンは台本以上に良い動きをし、役に入りきっているのか、それとも素でまかり通ってしまうのか。何の違和感もないいつものレンである。 鏡役に任命されたキョウはため息を尽きたそうなけだるそうな声でそう告げた。 『なんですって! それは許せませんね…』 舞台裏からは「さすがレン様です」などと言う声が聞こえる。妙に似合っているからだろうか、あまりに違和感がない。むしろ普段そんな事を言っていそうな感じがした。鏡役に立たされたキョウが圧倒されている。 「レン様はずっとこの日のために練習されたからな」 全員が振り向けばテツが腕を組んで立っていた。アイチが「そうなんですか?」と問えばテツは低く返事をする。 レンが練習する姿などあまりに容易くイメージ出来るものではないがあの出来栄えからして、きっとかなり努力したのだろう。 「レン様はきっとこういう風に劇をやるのが楽しいのだろう」 皆がテツの言葉にどことなくレンも楽しんでいることに安堵して、舞台裏から舞台の方へ目線を移せば確かにレンは楽しそうにしている。 『ならばこの毒林檎であの小娘に一番誰が美しいのか! 教えてあげましょう!』 「………だけどよー…あのクオリティ……子供泣くぞ?」 三和はただぽつりとそう言う。 確かにいつものヴァンガードファイトのような悪い顔はあまりに役にはまりすぎていた。オーバーな動きは普段のレンからは考えられないほど生き生きしていた。 「……アイチの出番だぞ」 「うん!」 「不安か?」 「ちょっと……」 すると櫂はアイチを勢いで抱き締めてやればほんのりと赤くなる。そしてアイチはどこか照れ臭そうに脱力した笑みを浮かべていればミサキに急かされて舞台に立つ。 『……これは美味しそうな林檎だわ、一口味見……』 作り物の林檎を食べたふりをし、迫真の演技で床に伏せていた。 そこに小人役として現れたのは役名にあっていないほど大柄なテツである。流石に小人の服は用意出来なかったらしく可愛らしいハンドパペットがはめられている。 倒れ伏せたアイチ姫を見て、器用に人形が動いている。 『あ、アイチ姫…! どうして!どうしてこんなことに!』 「だれだありゃ…」 いつも淡々と物事を告げるテツは今やその役になりきっていた。彼を見たのはアイチと戦った予選くらいの三和でも第一声はそれだった。 三和の後ろにいたキョウやアサカも把握しきっていないのか困惑していた。彼らも見るのは初めてなのだろう。そうしていればレンが満悦そうにしていた。 「やっぱり流石ですね、テツは練習よりも磨きが掛かっています」 「それも良いけど出番だろ、櫂!」 三和に促されて王子の衣裳を身に纏った櫂は舞台へとマントを翻す。「本当にキスしたら裏からは見えるからね」とミサキがいらない忠告をしてきたのであった。 『この娘は一体……?』 『あなたはかげろうの…、何故王子がここに……』 『良ければ顔を見せてくれないか?』 設定上櫂はかげろうと言う国の王子らしい。変なこだわりを持っている店長たっての希望のようだ。 テツは無表情からは想像し難い太い泣き声でそう告げている。それは迫真の演技を見せたレンに続いて異様な光景かもしれない。 『なんと美しい姫だ……、名はなんと言う』 『アイチ姫』 『アイチ姫か、是非俺のき、キスで目覚めさせたい』 裏では「誰だよ、こんなこっ恥ずかしい台詞考えた奴!」とキョウがぼそぼそ呟いていた。クライマックスシーンにふさわしいがレンは舌打ちしていた。 櫂が仰向けになるアイチに顔を近付ける。薄く目を開けていたアイチは至近距離にある櫂の顔につい赤面していた。 それと同時に拍手が沸き起こった櫂が丁度影になり、キスしているように見えているのだろう。 ナレーション役のカムイはまた『こうして二人は末長く……』と長いエピローグを言わされていた。 「上手くいって良かったな…」 「そうだね」 「どうした、顔真っ赤だが」 まだキスしているような姿勢から解放されない二人は顔が至近距離にある状態で小声でそう語り出した。治まらない拍手を観客はどのような顔でしているのかはアイチも櫂も分からないがイメージは出来た。 ちらり、とそんなことを語りあっている彼らを見たテツは去りぎわに櫂の身体のバランスを崩させるように足を蹴っていた。 「!?」 バランスを崩した櫂はアイチとふりではなく本当に唇が重なりあっていた。幸い観客側からは緞帳も降りてきたこともあり分からないが二人は顔を真っ赤にしていた。 「あ、あの……」 カードキャピタルに戻る途中のバスの中、隣に座る櫂にそっと話し掛けた。櫂はぴくり、と肩を揺らしアイチの方を向く。櫂の動じない表情にアイチはドキドキしてしまう。 「……なんだ」 「さっきはごめんなさい、あの……キスは…」 「あれは事故だ」 そう櫂は言い捨てるとアイチは何となくちくりと痛んでしまう。舞い上がっていたのは自分だけなのだろうかと頭を垂らしていると櫂は呟く。 「キスは後でちゃんとさせろ、あんなのはしたうちにならない」 そう言ってアイチの肩を借りて櫂は寄りかかる形で目を閉じていた。耳元で囁くような声がくすぐったく感じてつい頬を赤らめた。 そして櫂の大きな手をただぎゅっと握り返した。 |