僕と君との最適距離 ※アイチが女の子 アイチはあんまり料理が上手ではない。 包丁の使い方が危ういと言われることも少なくないし、何よりすべての行動が危ういのだ。 先日、波乱結婚式を終えて一段落ついたアイチ等はすっかり二人の暮らしに慣れていた。 今までと言えば何かしら心配するアイチの妹であるエミが櫂とアイチが接触するのを拒むのと、二人の恋を応援しているが何かしらトラブルを持ってくる三和のせいもあり、二人暮らしを始めたのは記憶に新しい。 「本当に任せて平気か……?」 「平気だよ!」 「包丁から目を離すな」 最初こそリビングで寛いでいた櫂は心配になって来たのか、いつの間にかずっとキッチンから動いていない。 アイチが頑張って自分の為に料理を作る意志を尊重するものの、今からでも包丁やら奪いとって代わりに作ってやりたいくらいの危なっかしさだ。前にも張り切って料理を作るんだ、なんて言ったアイチは結局皿を一枚割って櫂から強制終了を命じられた時もある。 「大丈夫だよ、心配しないでよ! 櫂君」 「いい加減慣れろ」 「え?」 「名前、お前も今は櫂だろ」 先導という姓は櫂に変わるものの今までの名字呼びだったアイチにとって相手を名前呼びするのは気恥ずかしいことだ。 「わかってるんだけどね」とぼやきながらついもじもじしていると櫂はため息をつく。 「これからも名前を呼ばないつもりか?」 「それは徐々に慣らしていこうかなって…」 「お前の慣らすは長すぎるんだ、今言ってみろ」 恥じらい気味に話すアイチを指を差して櫂はそう告げた。アイチは心の中では現状ではいけないと分かっているものの、今までの呼び方から代えるのは難しかった。 「旦那を名字呼びする嫁はいないだろ」 「わかってるよ、と……」 「と?」 「トシキく…」 最後を言い切ろうとした直後、二人を遮るかのように派手な音を立てたのは吹き出した鍋だった。 アイチは最後まで言わぬまま、飛び付くように鍋の火を消して安堵するも、飛び付いた勢いで着ていたお気に入りの白いワンピースはトマトソースを派手に零してまるで返り血でも浴びたかのような悲惨な状態だ。着けていたエプロンはワンピースほど被害はなく意味を成していない。 「………トシキくん……」 泣きそうな、既に泣いているのかその声は助けを求めるかのようにそう言った。名前を呼んでくれたのはいいもののあまり喜べない状態につい目を伏せたくなる。 「とりあえず着替えて来い」 「でも……」 「やはり俺が作る」 とりあえず雑巾で殺人事件でも起きたのかと言いたくなるような床一面に広がる赤を拭こうと思うのと着替えさせるためにアイチを連れて洗面所へ向かう。 ただ残念そうに泣きじゃくるアイチは確かに可哀想だがやはり料理はやらせてはいけないらしい。 「アイチ」 「なぁに、か……トシキくん…」 「片付け終わったら服でも見てくるか」 「なんで?」 「同じのはないだろうが、似たようなワンピースはあるだろ?」 その言葉を聞いたアイチは更に「ごめんなさい」といいながら泣きじゃくっていた。一度抱き寄せてやるとすぐに泣き止んだ。 「だからお前は料理作るな」 「櫂君においしいって言って食べて欲しくて…」 「なら、次の日曜…料理教えてやる」 顔を上げたアイチは目を輝かせて櫂を見た。口には出していないが「本当?」と言いたげな顔である。 「早くインターホン押しなよ」 「アイチお姉さんが危ねぇかも知れねえんだぞ!」 結婚祝いを持ったミサキとカムイはインターホンを押す手が止まった三和に抗議する。マンションの前でたむろうのは良くないと知っているが明らかに今、インターホンを押してはいけない気がした。 「あ、明日にしようぜ! 明日ゆっくり」 「なんでだよ」 「今日はとにかく駄目な気がするんだよ」 そう告げた三和はミサキとカムイの背中を押して元来た道をブーイングを受けながら帰るのであった。 |