愛を知らない獣 彼は人を愛したことがないのかもしれない。 アイチはレンを見てそんな感想を抱いた。彼は無邪気にアイチを抱き締めてくる。まるで人形を抱き締めるかのような優しい抱擁とは真逆なほどに彼の顔は曇っていた。 「レンさ………」 「アイチ君、君は僕との約束を破りましたね?」 「……え?」 レンはアイチを抱き締めながら耳元でそう囁いた。二人しか存在しないこの部屋はあまりに静かでレンの囁きがより一層不安を煽るものになっていた。 もしアイチがこの約束が何かわかっていさえすれば否を認めて謝ることも出来ただろうが、アイチには約束の意味が分からなかった。 敢えて謝罪だけすると、彼はより一層顔を歪めた。 「あれだけ櫂と会うな、そう言ったはずでしょう?」 「でも、あれは偶然…」 「会ったことに変わりはありません」 その目は明らかな憎悪を持っている。 アイチがレンのところに向かう途中ばったり櫂と出会ってしまっただけだ、少し話をしたが別にレンと会う約束を破って櫂と長々話していた訳ではない。 彼はきっと愛し方がわからないのだ。だから何をしていいか分からない、だから何かあるたびに嫉妬を繰り返す。 アイチはレンにそう特別視されることが嬉しくて堪らない。 「ごめんなさい、櫂君とは別に……」 「その名前を口にしないでください」 するとレンはいきなりアイチの唇を唇で塞いだ。何とも荒々しい口付けはアイチの思考を停止するには十分なものだ。 ただ抵抗することなくそれを受け入れるアイチはレンの背中に手を回す。 「嫉妬しているんですか?」 「ええ、あなたが他の人といて僕は良い気分になったことなど一度もありませんから」 彼の顔はどこか切なそうにアイチを捉えた。それは見たことがない顔でアイチはついかける言葉が見つからなかった。 だがそれは自分の為に自分を大切にしてくれているからできる顔なんだな、と考えてしまうとつい頬が緩んでしまう。 「何故、笑うのですか? 面白いこと言いましたか」 「違います、ただレンさんが僕のこと考えてくれているのが嬉しくて」 「当たり前じゃないですか、おかしいこと言いますね」 するとアイチはベッドに静かに押し倒される。レンは慈愛に満ちた瞳でアイチを映した。緋色の髪が無造作にベッドに散らばった青い髪と交わった時、アイチはレンに軽くキスをした。 |