恋愛症候群な俺と不埒な夢 「三和君……その……」 もじもじと何か言いたげに頬を染めるアイチはそれはそれで可愛らしいのなんの。 今着ている服が制服でさえなければ性別さえはっきりしないであろう。彼は意を決したような顔をした後に自分の着ている制服を捲って来た。 「三和君の言う通りに……ちゃんと女の子の下着、付けて…きたよ………」 「俺はアイチに幻想を抱き過ぎたんだよ」 「アイチがどうした」 行間休みに前席の椅子を借りて櫂の机に突っ伏していた。ぽそりとそんなことを何気なく呟くと櫂はハイエナがそんじょそこらの獲物に目を付けるようなギラギラとした目で俺を睨んだ。アイチと言う単語が付くとやけに地獄耳になるこいつが怖い、こいつの前でアイチを執拗以上に話をした日には黙示録の炎でこんがり焼かれるだろう。 それにしてもついにアイチが夢にまで出てくるとは思っていなかった。しかもなんとも危ない香りがするような内容である。 明らかに夢の中の俺はアイチに女物の下着を強要させていたに違いない、どれだけ欲求不満だと言う話だ。 グッジョブ夢の中の俺、と言いたいが無意識にアイチにそんなことさせたいと願っているのか、俺は! と自己嫌悪と言うか気恥ずかしさを覚えてしまう。 確かに思春期盛りの清い高校生男児だ、そりゃエロ本だって読むし、レンタルDVDの18禁コーナーにだって少なからず興味はある。しかし自分が友達と思っている後輩をこんな風にしたいと思っているのか、確かに母親似であろうその顔は整っていて中性的である。むさい男子の中に放り込まれたら恐らく紅一点とされるかもしれない、だが男だ。 「気持ち悪いぞ、三和」 「うるせぇよ……お前はそうゆうことで苦労しなさそうだもんな」 「………何の話だ」 櫂が顔を歪めるほどだ。 きっと本当に気持ち悪かったに違いない。それにしても櫂のこんな顔初めて見た。まるであれだ、女子が自分が嫌いな男子を必要以上にさげずんで見てるあれだ。 夢とは言えあの絶好のシチュエーションは口を正常にしていられない。常ににやけ顔になってしまう、いや櫂だってあれはにやけるね。 しかし夢とはあまりに残酷だ、アイチが下着を見せようとした瞬間ぶっつりと意識は飛んで、気付けば自分の部屋である。なんだ、この残念展開は。 「そうだ、櫂! 今日、あそこ寄ってく?」 「どこのことだ」 「カードキャピタルだよ、アイチもきっと会いたがってると思うぜ」 ふん、と鼻をならした目の前の男は腕を組み直して視線を窓の外に移した。見た目ならばこれだけでも絵になるだろう、これだからイケメンは! と言いたくなるのを堪えた。 このパターンは大体「今日は行かない」とぼやくだろう。今までの経験から俺はそう見抜いた。仕方ない、今日は一人でエンジェルを拝みに行くとするか。 「用事がある」 「なんだよ、女でも出来たのか? 紹介しろよ」 「女じゃない、別に買い物だ」 いつもと違う返答に少しだけ驚いた。冗談たっぷりに囃し立てるも面白い反応はない、これがクソガキやマケミならばもっと面白いだろうに。 しかし女が出来たとか言って「ああ」とか言ったらある意味卒倒してたかもしれない。 授業など結構早く過ぎ去るもので校門を出た時に櫂と別れて、カードキャピタルの方面に歩きだした。実際櫂の買い物とやらも気になるが次ストーキングしたらもう通報されるかもしれない。 「あっ、三和君!」 背中からそれはそれは、聞き心地の良いソプラノボイスが掛かった。振り向くとちょこまかという表現が似合う走り方で俺の方に走ってそいつは来た、笑顔は花を添えてやりたいくらい可憐と言おうか。 しかし夢のあのインモラル極まりないアイチと重なって仕方ない。 「偶然ですね、……今日は…」 「あいつは買い物あるみたいで忙しいらしいぜ」 そっかぁ、とさっきよりワントーン下げた声で少し悲しそうな顔をした。しょんぼりした顔で俺を見てもどうすることも出来ないから、出来ればそんな目で見るな、なんかアイチに抱いてはいけないような行き過ぎた愛情芽生えそうだから! と心の中で叫んだ。 「どうか、したんですか?」 そんなことも知らずにアイチは心配そうに顔を覗き込んできた。無意識っていうか鈍感って恐ろしいと再認識せざる得ないだろう。 いやいや、ただの立ちくらみだよ。 と言うとほっとしたような笑顔を浮かべて「今日は三和君、来ます?」と話し掛けてきた。この会話が繰り広げられているのが校門の近くだけ人目につく、男の性って恐ろしいぜ、ちらりと皆アイチを横目で確認する。 「ああ、俺はな! アイチまたファイトしようぜ、デッキ強化したからこの前みたいにいかないけどな」 「三和君が本気出したら僕負けちゃいますよ」 「いや、アイチも強くなってるから良い勝負になると思うぜ」 にかっ、って効果音が似合いそうな笑みを浮かべるとアイチもそれに負けないくらい良い笑みを浮かべてきた。 肩を並べてアイチといる、自然と車道側を俺が歩いていた。最初はどこかぎこちなくよそよそしい雰囲気があったアイチは現在明るくだがやはり遠慮がちになっている、前々に比べたら付き合いは良くなった。 ちらりと斜め下にいるアイチを盗み見るとやっぱり俺と二人っきりは話題が尽きてしまうのか話題を探しているのか、櫂を探しているのか周りを見回していた。 「なぁーにキョロキョロしてんだ、櫂は反対方向に歩いて行ったからここらにはいないぜ、きっと」 「そんなことじゃないですよ!」 びくんと思いっきり跳ねたアイチは真っ赤になって否定する。すぐに赤くした顔で上目遣いをして、「三和君って時々すごく意地悪です」と不貞腐れ気味にぼやいた。なんだ、この可愛い生き物は。 まさか本当に櫂を探している訳ではないと言うのか。 「み、三和君と二人っきりになるとなんかすごく意識しちゃって……なんか……」 変なんです。 そう自分の胸元で拳を作りながら囁いた。まるで、それは俺に気があるような言動だ。自意識過剰なのかもしれない、ポジティブだからかもしれない、しかし良くも悪くも頬を染めるアイチに俺まで赤面してしまう。 らしくない、いつもの俺ならばここで一発笑いをとるような言動を入れるところだ。しかし頭の中はそんなこと考える思考はなく、唇に関しては全く動かない。 「ごめんなさい、きゅ…急にこんな話……!」 アイチは林檎みたいに赤くなったほっぺたを俺に見せて一礼した後言い逃げした。 彼はさっきのちょこまか走りなんていう可愛い走りで逃げているつもりらしいふらふら安定しない走りは今にも何かにつまずいて転んでしまいそうだ。 思考が止まった、情報処理が追い付かない残念な脳をフルに回転させる。何か思いついた時には小さな姿を全力で捕まえてやろうと背中を追う。 「お、おい! アイチ、言い逃れはずりーぞ!」 なら俺もお前に聞いて欲しいことがある。 自己満足になってしまうかもしれない、だが今言わなきゃいけない気がする。俺はアイチに負けないくらい顔を真っ赤にして追い掛ける。 あの夢は俺のエゴそのものだったに違いない。 アイチを自分の物にしたい的な。 もう少し聞こえを良くすれば櫂ばかり見るその目を自分に向けて欲しいとか独り占めしたいとかそんなことばかりだ。 下着の件は趣味にせよ、もっと慕って欲しかった。 何よりアイチが好きだ。 言い逃れ犯、先導アイチの腕を掴んでそのままノリと勢いってやつ、高校に受験して合格発表を見に行く時みたいなあの初々しい感覚を噛み締めながら、らしくなく余裕ない顔と裏返りそうな声でこう言ってやった。 「俺は、アイチにあった時からずっとお前が……!」 喉元まで出た、今まで言いたかったが言えなかったあの二文字を全身全霊を掛けて言い放った。 |