世界の果てで会いましょう ※捏造だらけ 起きれば見知らぬ場所だった。 粗末に床に放置されていたのか、まず目にしたのは埃っぽい床である。見回すと見たことない風景が広がり図書館に有りがちな本の独特な紙の匂いが立ち込めている。 「おや、君でしたか」 「えっと……」 アイチが興味本位で足を進めて行った場所はなんともこの世には不釣り合いな程に幻想的なところである。 映画で目にする円柱状に伸びる塔の壁には色とりどりの本が並べられていて、その周りを螺旋階段が幾つも通っている。足を踏み入れてはいけないような本の海に一人の物陰がアイチからは見えるが逆光が激しく顔は確認出来ない。 「先導……アイチ…」 まだ顔ははっきり見えていないがその声には聞き覚えがある。背中には悪寒を感じ、頭の中ではどこか警告音が鳴り響いている。 靴の音を鳴らしてアイチに迫って来るときにはアイチは逃げなくてはならないような気分に襲われる。 「よくこんなところ、来れましたね」 「………え…?」 「櫂でさえ来れなかった場所なのに」 彼の顔がはっきりと捉えられた時はもう何か手遅れのような気がした。彼、雀ヶ森レンは本を片手に不敵な笑みを浮かべている。 櫂という単語を耳にすればアイチはすぐさま顔を上げてレンを見る。彼はすべてを知り尽くしたような笑みを浮かべて、靴の音を鳴らしてアイチに近づく。 「……ここは、何処なんですか」 「僕もよくわかりません、ですが強いて言えば惑星クレイなのかもしれません」 「惑星……クレイ……?」 「今僕のこと、頭おかしいとでも思ったでしょう」 レンがそうアイチに問い掛けるもアイチは嘘でも首を縦に振ってはいけないような気がして必死に横に頭を振り続けた。 「まぁこの中では初めて他の人と話した気がします、実に気分がいい」 全国大会の時とはまるで雰囲気が違う。自分はこの人物に罵倒されたとは思えないほどに別人で穏やかだ、それでいて人柄的には他の人は知らないがアイチは嫌いではなかった。 レンの纏う空気はあの時とは違う、それだけはアイチにも分かる。 「イメージ、夢の中とでも言った方が妥当かもしれません……、ドアもなければ外に出る手段はない」 「イメージ……?」 「ここにアイチ君が来れたのは、僕と何か運命のようなもので繋がれているからでしょうかね」 レンは近くにある螺旋階段に腰を掛けて、ゆっくりアイチに目線を戻した。 彼はここにいる来客を心から歓迎しているらしく、不敵ながら彼らしい笑みをこぼしている。 「僕にはよくわからないです、ここにいる意味も運命とかも……あ、レンさんを悪く言ってるとかじゃなくて……」 「大分混乱していますね、無理もないです、得体の知れない場所に敵である僕と二人っきりなのだから」 薄暗い中に天井から僅かに光が差し込んでいる。そのお陰で周りを見渡す程度に明るいがあまり本を読むには適していないだろう。昼間に鬱蒼と茂る森のなかにいるような気分だ。 アイチが興味本位から誰が管理しているのか分からない本に手を付ける。やはり埃っぽく本は日焼けして本来の色よりも薄くなっていた。背表紙や表紙に書かれている単語は日本の物でなければ外国語でもない見たことない文字だ。 「あれ……」 見たことない文字のはずなのにその単語が頭の中に入り、理解出来ている。ついアイチはページをめくって、偶然かどうかを確認する。しかし偶然ではないらしくアイチは初めて見たはずの言葉を理解し、その内容を読み解くことが出来た。 「不思議でしょう? 初めて見たはずの言葉が理解出来るのって」 「はい、しかも書いてあることは……」 「惑星クレイに関するものばかり、ユニットにありかたからクランの事まで……」 レンはアイチと同じ経験をしたことがあるらしい。積み重ねられた本から一冊を取りおもむろにページを捲る。 「アイチ君もやはり同じなんですね」 「はい……」 「運命、なんでしょうか?」 レンはアイチに早歩きで歩みよると、不意に抱き締めた。一瞬にして視界は奪われて、おまけに更に混乱を引き起こしてしまう。 レンが背中に強い力を込めて手を回す。 「あ、えっと……」 「僕はアイチ君を気に入っているのかもしれません、頭の何処かでいつも君が過ってしまう」 らしくない弱い言葉にアイチは言葉がうまく出てこない。ふんわりとレンの温もりを感じ、匂いを感じた時、意識が朦朧としてしまう。 あまりにレンから香る香水のような匂いに眠気を催したのか、と思う程だ。 「時間が来たみたいですね」 「……じ、かん?」 「次、会うときにはアイチ君、あなたを奪いに行きます、そして………の…………から……」 最後の言葉を聞かないうちに眠気から重い目蓋をゆっくりと閉じた。最後までレンの温もりを感じていた。 「………チ!………アイチ!」 遠くから聞こえる懐かしい声にアイチは弾き飛ばされるような思いでゆっくりと目を開けるとそこには合宿で借りているバルコニーの先ほどより見慣れた風景がある。 アイチがゆっくりと周りを見回すと皆がアイチを心配そうな顔で見ている。 「………あれ、みんな……」 寝呆けたような間抜けな声で周りを見た。櫂はほっとしたような顔の後にすぐ鋭い眼差しをアイチに向けた。 「何故ああなる前に気付かなかった」 「………えっと……」 「まさか、お兄さん忘れちゃったんですか……?」 「……んと、何があったの?」 ぼんやりとなれない目を擦っていると、数人はあまりに能天気なアイチに安堵からため息をついた。 「あんた、あまりの暑さに倒れたんだよ」 ミサキが口を挟むようにしてそう言う。確かに頭は熱い、ここに来てエミに帽子を被れ、と口酸っぱく言われたのにも関わらず忘れた付けが来たらしい。頭はくらくらしている。 皇帝はよかった、とただ胸を撫で下ろしながら安堵している。 「アイチ、ここまで櫂がお姫様抱っこで運んでくれたんだぜ? らしくねぇよな、アイチ倒れたら一目散にカード投げ捨てて走って来たんだ、あの時の顔ときたら、もう」 三和を嗜めるかわりに一発、鈍器で殴られたような鈍い声が聞こえた。夢だったのか、現実だったのか……明白に覚えている。 レンに抱き締められた感覚も温もりも匂いも一つ一つを覚えている。不思議な気分に浸っていると、冷や水を取りに行っていた涙を零しそうなエミに泣き付かれた。説教しながら彼女は情けない兄に容赦無く抱きつく。 以前として頭はくらくらしてしまう。だが先ほどまでの経験がどうももどかしく引っ掛かるものだが敢えて誰にも話さないことにした。 |