ただ澄んだ空の向こうへとゆくだけ 櫂がアイチを突き放した日、三和は苛立ちを隠せなかった。 アイチは自分を好いていての好意を見せるのに櫂はただそれさえもばっさりと切り捨てたのだ。 アイチが櫂に友人としての憧れや好意ではなく、本当に恋していたことを三和は知っていた。だから敢えてアイチを好きであったが本人のためと友人にいい思いをさせてやりたくてを退いた。櫂にも櫂なりの事情があることも性格が捻くれていることも知っていたが、言葉を選ばないただの暴言が許せない。 「あれはねぇだろ」 アイチがカードキャピタルから飛び出して行った後、三和は櫂を責め立てるような目で睨み付けた。彼は珍しく泣いていた。櫂の暴言はあまりに傷をつけたからだろう。 流石に周りも黙り込んでいる。 「お前には関係ないだろ、口を出すな」 いつもよりもけだるく嫌そうな声音でそう距離を取る。露骨にアイチが飛び出して行った理由を聞かれるのを避けているようにも見えてしまう。 いつもなら軽く交わして笑って誤魔化して場の空気を変えようとしたかもしれないが今日はそうはいかない。妙に苛立ちを覚えてしまう。 「そうかよ……」 「ああ」 「じゃあアイチをお前から取っちまっても文句ないよな」 「……ッ」 三和の予期せぬ一言で櫂の顔が一層強張り眉を潜める。アイチは誰の物でもないがこの反応を見た瞬間に思い知ってしまう。櫂はアイチに自分でも気付かないほど微かに思いを寄せていることに。 悪いことをしているような、彼氏から無理矢理彼女を取ってしまっているような気分は何とも気まずく息苦しい。 三和は逃げるようにアイチを追う。 この際人の目など気にせずにひたすら走る。これでよかったのか、と自分で問い掛けたくなるような苦い思いに押しつぶれそうで仕方ない。 「アイチ!」 前方に哀愁漂う背中を見付け、叫んだ。アイチはびくつき肩を揺らして振り向くと目元は真っ赤に腫れていた。 小さく消えそうな声で三和を呼ぶ声が聞こえる、三和は勢いにまかせてアイチを抱き締める。歩道で人を抱き締めるなんて三和はした事はない。ドラマや漫画でそんなシーンを目にする機会はあったものの自分は絶対しないと思っていたが咄嗟の判断とはあまりに思考と反したものだった。 「……み、三和くん…」 アイチは三和の胸の中で困惑な目を向ける。全く状況が飲み込めていないらしく抵抗もしなければ、抱き締め返すこともない。 「くるしい………です…」 「ああ!……ごめん…」 街の雑踏は何故か耳に入らない。 真っ赤になった目蓋を見て、アイチがどれだけ泣いたかを思うのはつらい。ただ目蓋を服の袖で拭えばアイチは更に涙を零す。 「もう泣くなって!」 「……だって……」 アイチが泣き出せば、まるで三和が泣かせたような構図に周りは疑わしい視線が三和に突き刺さるのを感じてそそくさ人目を避けるようにして公園に向かう。 握った手は温かい。 出来ればこの背中を押して、支えてやりたい。泣きそうになったら慰めてやりたいし、笑うのならもっと楽しませてやりたい。 こんなに思うほど人を好きになったのに実際アイチを支えてやれるのは櫂だけだ。悔しくてたまらない。 遠くから見ていた二人を見る櫂はただ舌打ちをし、目を伏せる。 空は青く澄んでいる。 雑踏と不穏に満ちた街や彼らさえも照らしていた。 |