足りない色を君にあげる ※今更だけど32話頃のお話 あまりに泣き喚いてぐちゃぐちゃになった顔は誰にも見せられなかった。 悔しくて、でも到底適わない相手からのたった一言はアイチの希望を踏み躙るにはあまりに十分すぎるものである。こんなに泣いたのは多分初めてだろう。苛められても別に最初から裏切られるものがないから別に怖くなど無い。 今は真逆だった。 幸せすぎて逆にそれが打ち砕かれるほどの裏切りに怯えていたのかもしれない。誰にも見つからないように本戦のドームの隅の方で小さく嗚咽を殺して泣いていた。 久しぶりに出た涙はそう簡単には止まらない。それはおろか泣きすぎて頭が真っ白になっていた。 肩を小さく揺らして、小さく蹲りながら泣くしか今の自分には適わない。なんて無力なんだろう、そしてなんて自分は子供なんだろうと嘆く。 「……アイチ君…?」 その声は遠くから聞こえたように感じた。腫らした目で振り返るとそこにはチームカエサルのリーダーである皇帝こと光定ケンジが立っていた。 彼はアイチを見るなり一気に心配そうな顔色で走り寄ってくる。 「大丈夫かい? どこか痛い?」 「いえ、大丈夫です、そう言う訳じゃないので」 「でも顔真っ青だよ、大丈夫じゃないよ」 光定はあわてふためきながら、ハンカチをポケットから取り出すとアイチの目元を優しく拭い取ってくれる。アイチにはその優しさが逆に恐ろしく思えてまた涙が流れ落ちる。 アイチは反動でつい光定に抱きつくと彼はあまり驚きはせずにアイチを受け入れて、アイチよりも一回り大きな手で頭を撫でた。それと同時にアイチが流す涙の意味が理解できた。 「悔しいんだね」 「………はい、とっても…」 うん、と頷いて彼は頭を撫でた。 光定にその悔しさが分からない訳ではない。逆にその痛みはひしひしと伝わってくる。 そう言えばアイチはこの前ヴァンガードを始めたばかりと光定は誰かから聞いた。だからここまで来れたことは逆に誇らしく思えるかもしれない。 しかしアイチにはあまりに大きなプレッシャーだったに違いない。一勝一敗の危機的状況ともう後の残されていない試合結果、目の前の強敵、そして仲間に戻って来てもらうため。一気に多くのプレッシャーがこんな小さな彼にのしかかっていたことを考えると光定はアイチに同情することしかできない。 「君の使命はアイチ君を泣かせることですよ」 「ってもう泣いてるじゃんか」 「もっとですよ、もっと………そうですねぇとにかく軽く絶望程度……でしょうかね?」 「絶望に軽いも重いもあるのか……?」 なんだよ、強制訓練から出てこれたと思ったらこれかよ。と言わんばかりの不服そうな顔をしてキョウはレンに連れられていた。 使命やらなんやら言われてアサカが率先して前へ出たが確かにいじめっ子代表のキョウ向けの仕事だった。今からアイチを泣かすことを仕事と言っていいのか分からないが自分が適任だとふと悟るのだった。 「アイチ君が泣いたのを見て僕が助けて君を撃退する、これでさっきのイメージも緩和されるでしょう」 「よくも本人目の前にして撃退と………」 キョウは肩を落としてどうも腑に落ちない顔をする。なんの罪もないのにも関わらず人のイメージアップ政策の汚れ役として出される意味が全く分からない。 アイチから見たキョウはあまり良い印象がないのは確かだ、一番彼らをバカにしたし、暴言も吐いたが元々悪い印象にさらなるマイナスイメージを付けられて変なレッテルを付けられたりなどしたら、恐らく一生口さえ利いて貰えないだろう。 それ以前にキョウにも良心やら思いやりの心がある。 敵チーム言えど泣いてる相手をさらにいじめ倒すようなことは良くないと思うし、気は乗らないのは確かだ。しかもアイチのバックにはキョウに勝った櫂やアサカと張り合ったミサキにも何か底知れぬ恐怖を感じた。 「ってかなんで命令聞かなきゃいけねーんだよ!」 「そんな口利いていいんですか? それに貴方らしさが輝く最高の場所でしょう?」 「アンタはオレを一体なんだと思ってるんだ」 「忠実な僕とでも言って欲しいんですか?」 「もうやだこいつ」 アイチお兄さんがいなくなった、なんてチームに戻って来たばかりのカムイやアイチの妹であるエミが涙目で騒ぎだしたこともあり、その場にいた全員で探すことになった。 櫂も案の定探すことになったが、確かにあの落ち込みようを見ては放っておくことは出来ない。話によればレンと接触した、と腹を立てて悔しそうにするミサキから聞いた。 ドームの裏まで来て、晴れやかな観戦は遠退いていくなか櫂はアイチを見つけに走っていた。 どうにもこの大会で使われるドームは広大で探す範囲も必然的に広くなってしまう。 そんな中櫂は足を止めた。 そして言葉を失ってしまう、アイチとチームカエサルのリーダーである光定と抱き合っている姿に。 アイチはただのチームメイト、その筈なのに胸の奥がどうも痛い。見ているのが苦しくて悔しい、そしてこの感情の正体に気付いてはいけない気がした。 |