ある夜明けの1日 ※なんかアイチさん闇落ち臭漂う 真夜中、いやもう朝方かもしれない、薄らとした日の光が空を徐々に染め上げているがしかし近くに時計はなく正確な時間を知ることは出来ない。自慢のコートは近くにある椅子に引っ掛けてあり、いつもの彼とは違って軽装で爽やかになっている。 僕はふと目が醒めて隣で眠る彼、雀ヶ森レンさんの無邪気な寝顔をただ観察していると彼は起きていたのかいきなり目を開けた。 「眠れ……ないのですか……?」 「そういう訳ではないです、大丈夫です」 僕はレンさんの心配そうに眉を潜めながら、頬に触れる動作に少しだけ肩を揺らした。ふとレンさんを見ると彼はいたずらっ子のような顔をしている。 そんな薄らと暗闇の中で笑みを浮かべる彼を愛しく思う。 「アイチ君は本当に見ていて癒されますよ」 「そんなことない…です」 「いいえ、現に僕が癒されていますから」 ついには重たい身体を起きあがらせて僕はレンさんを見下ろしていた。 レンさんから借りたTシャツはあまりに大きく自分が如何に成長が遅れているかが浮き彫りになっている。彼は僕を見てまた微笑みを浮かべている。 彼は不思議な人だ。 常に心の中は読めないし、何を考えて何を企んでいるのか、それさえも分からない。僕が分かるのは彼は思っていた以上に僕を慈しむことだけ。 どうしてこんなに気に入られているのか、それさえも分からない。 「考え事ですか? それとも置いてきてしまった櫂のことでも思い馳せてたんですか」 彼はあまりに皮肉の込もった声でそう囁いた。僕が櫂君を話題に出せば十中八九不機嫌になるのに、自分はその名前をよく使う。 櫂君は僕を捨てた。 僕を必要ないと吐き捨てた。これからの試合に来なくていいと言われた。 カムイ君やミサキさんはフォローをいれてくれたけど、櫂君に言われたことが今でも痛みとなって身体を駆け巡る。 あんまりだよ、一緒に戦った仲間とは少なくとも思ってたのに。 でも今はレンさんがいる。 だから然程悲しみはなかった。 「……違います、考えてないです」 「そう、ですか」 「本当です、だって僕にはもうレンさんしかいない」 「そうです、君はそれでいい……ずっとそのままでいて下さいね」 「はい……」 僕はレンさんに抱き付かれる。 子供みたいに顔を僕の首筋に埋める。きっともう戻れない、そう思いながらレンさんの背中にゆっくりと手を回した。 「どうしてあんな酷いこと言ったの?」 「これからを考えてだ」 カードキャピタルに櫂は頬杖を付きながら何処か遠くを見ていた。まるで無気力になってしまったような印象を与えかねないほどに今日の彼には覇気はない。 それを見兼ねたミサキは櫂を咎めるような普段よりもキツい口調で櫂を追い詰める。 櫂に必要ない、そう言われた時のアイチの顔は記憶力以前にあまりに印象に残りやすいものだった。 試合で負けてしまった時も、悔しそうにしたりはするが失意に満ちた目と流れ落ちる大粒の涙はあまりに見るに耐えないものだ。 それからアイチはカードキャピタルに現われなくなった。当たり前と言えば当たり前の事だ、憧れていた人に今までと桁違いに罵倒されたのだ。 「これからを考えて…? アンタはそんなに勝ちたいの?」 「…………」 「勝ちたいって欲求の為にアイチに酷いことしたのかい?」 「違う」 「なら………!」 「ミサキ、落ち着いて下さい……皆が困ってます」 二人の間に割って入ったのは店長だった。いつも通りの笑みは緊迫した状況にあまりに不釣り合いだが、その場の空気を緩和するのには十分だった。 店長に言われようやく周りを見渡したミサキは萎縮し、カウンターへ戻っていった。 「貴方がアイチ君を遠ざけたのは雀ヶ森君から遠ざけるため、ですか?」 「……ああ」 「雀ヶ森君はアイチ君に執拗に固執している、だからですね」 「お前は何が言いたい、戸倉のように怒りたいなら怒ればいい」 店長さえ薄々気付かせるあのレンの行為は脅威にもなりえた物だった。アイチに固執するあの姿は櫂でさえ恐怖を与えていた。 「でも、人間は基本的に失意に明け暮れた時、優しくされたらその人に従順になるみたいなんですよ」 「何が言いたい」 「………もし、仮にアイチ君が雀ヶ森君といたら? お昼のドラマみたいな話ですけど、敵になることだって有り得ますよ」 今のアイチ君こそ驚異です、と店長は言うと櫂は冷や水を頭から被ったような気分になる。それが悪く転がる場合など考えていなかった、あるはずないと思い込んでいた。 そうだとすれば、自分は何のためにアイチを失ったのか。 |