いつでも僕を助けてくれる君 「そういえば、お兄さんって櫂の野郎と昔会ったことあったんですよね?」 いつも通り学校帰りの寄り道先でもあるカードキャピタルにて、カムイとテストプレイしようとした矢先にカムイがそんな話題を振り掛けてきた。 あまりに不意な質問だったこともあり、アイチは驚いた拍子にカードを四方にばらまくように手から離した。勿論デッキのカードは白い床を色とりどりに覆ってゆくのだった。 椅子からも転げ落ちそうになるほど動揺を示すアイチにカムイは安否を問うと、アイチはカムイの年上とは思えないほどに情けない笑みを浮かべる。 「そうだよ…」 「ああ、あんたがこの店に初めて来た時もそんなこと言ってたね」 店番をしていたミサキはカウンターを抜け、二人のいるテーブルに腰を下ろした。 ミサキも心底気になっているところがある。アイチがどうしてあそこまで櫂を慕うのか、櫂はそんなアイチに冷たいのか。 「アンタも結構物好きかもね」 「…そうですよ、あんな野郎にどうしてあそこまで追い掛けるんですか?」 「そう…かな……? でもわるい人じゃないよ」 アイチは自分の首を掻きながら二人の意見を聞いていた。それはそうだ、と言わんばかりの顔をしたミサキとカムイはアイチの抜けた発言に目を丸くした。 「恋は盲目っていうもんね、そうだね」 「お兄さんが櫂と結婚したら、奴までお義兄さんになっちまう…!」 意味の分からないことを言う二人にアイチは顔を赤らめて否定するのが精一杯だった。 結局、今日もカードキャピタルに櫂が現われなかった。アイチももう少しだけカードキャピタルに居たかったものの流石にいつもより遅くなるとエミが迎えに来るだろうから諦めた。 危なっかしい足取りで家路に向かうのも一人だと寂しく感じた。今までならばそう寂しくはなかったはずなのに、小さな心の変化にアイチは驚いていた。 ビルとビルの隙間にある小路から出てきた手はいきなりアイチに絡みつき強い腕力の持ち主なのか、それともアイチが油断しすぎたのかアイチは助けを求める暇もなく大通りの陰になる小路に引き摺り込まれた。 赤く跡が付いてしまいそうなほど誰かに握られていた腕は解放された瞬間にじわじわとした痛みが襲ってくる。 アイチは恐る恐る顔を上げて自分にこんなことした人の顔を捕らえようとすると絵に描いたような不良達がアイチを取り囲んでいた。 制服はアイチと同じ中学のものであるが顔は見たことがない。もしかしたら会っていたのかもしれないが元々人見知りも激しく、人の顔を見て話タイプではないアイチが覚えているはずがなかった。 「お前、先導アイチだよな?」 自分を壁ぎわに追い込んで来た男はそう言った。変に汗をかいた手を握り締めて小さく頷いた。 「噂通りだよ、男の割にかわいい顔してんじゃん」 「噂以上じゃねーかよ、これじゃ森川も変に暴力振れないだろ」 どうして良いのか分からず、アイチはただ怯えることしか出来ない。薄笑いを浮かべる男達はじりじりとアイチに近寄って来る。 一人がアイチの手を押さえ込んでまた違う男がアイチの顎を上げて自分の方を向かせようとする。 アイチは自分の目を固く閉じる。 「じゃあ俺、早速頂こうかな」 と言いながらアイチに顔を近付けた時だった。 アイチに手を出そうとした男は剥がれるように地に伏せていた。他の男達は一人がやられたのに驚き、アイチを突き飛ばして逃げ出していた。 アイチには何が起こっているのか分からなかった。 「大丈夫か…?」 そんな声が頭上から降ってきた。アイチはよく知る声に顔を上げるとやはりそこには予想通りの人物が佇んでいる。 「えっと……」 「立てるか?」 「うん」 櫂はただ一言だけ呟いて、アイチに手を貸した。少しだけ泥まみれになった制服を払った。 まるで嵐が去った後のようだ。 「櫂! お前、鞄置いて走るなよ!」 「あ、三和君」 「アイチじゃねーの、どうしてこんなとこにいんだ?」 陽気な声を上げて走ってきた三和は二人を交互に見た。 「僕を不良から助けてくれたんだよ」 「だからお前走ってった訳? 何それ愛故にか?」 「別に、遠くでアイチを見掛けたからだ」 「お前どんだけ目いいんだよ」 櫂と三和のやりとりを聞いていて安心したのか、アイチは自分でも驚くほど涙が溢れていた。 「どこか痛むのか?」 「違うよ、なんか安心したら」 必死に涙を袖で拭うアイチを見て櫂は声をかけて来た。泣いてうまく話せないアイチはただ横に頭を振った。 「櫂君に、助けられて……ばっかりだよ……」 「そんなことない」 「櫂、明日からアイチのボディーガードとして一緒に帰ってやったら?」 「いいよ、そんな……」 「いいだろう」 三和の発案に櫂は乗っかったことにアイチは驚く。 不意な優しさに更に涙が出ると、三和は泣かした、と櫂を囃し立てた。 彼は昔とは性格は変わってしまったのかもしれない。 だがアイチにとって、然したる問題ではない。今も昔のように時折見せる優しさが身に染みているからだ。 |