お前には渡さない ※櫂VSレンな櫂→アイ←レン さらり、と髪を掻き分けられるような優しい手つきを感じてアイチは重たい目蓋を開けると最初に視界に飛び込んで来たのは雀ヶ森レンであった。 「なっ!」 「あ、やっと起きましたか」 寝坊助さんですねぇ、なんて呑気なことをレンは屈託のない笑顔で言っていた。その場の状況が読めないあまり混乱しているアイチがとりあえず把握したのはスタジアム外の人気のない広場のベンチでAL4のリーダー、雀ヶ森レンに膝枕されていると言うことだけだ。 「な、なんで!」 「覚えてないんですか?」 「……え?」 「アイチ君、いきなり倒れたんですよ? 熱中症ですかね、少し体温も高いようですし」 「きゅ、救急車で運んでくださいよ!」 起き上がろうとするもレンはそれを許してくれない。レン前髪を上げてアイチの汗を薄らかいた額を触るとあまりにひんやりとした手に驚いた。 「救急車呼んでも構いませんが、貴方のチーム……棄権になってしまいますよ?」 救急車が呼ばれたとなると、チームメンバーが櫂とミサキの二人になってしまう。そうなればやむを得ず棄権せざる得ない。 それ以前にアイチが倒れたとなれば、続行さえしないだろう。 もしも、を考えてしまうと頭から冷や水を被ったような気分になる。自分のせいになるのがアイチにとって一番恐れているからだ。 「とりあえずまだ落ち着かないでしょうし、ゆっくりして下さい」 「あ、はい……ありがとうございます」 よく状況が飲み込めないまま、レンに言われるがまま目を閉じることにした。 ひんやりとまるで人の手ではないように冷たさであるが、それは逆にくらくらと揺さ振られるような頭痛には心地よい。 気を許したのか、アイチはすぐに眠りについた。 「大事な落とし物でも捜しに来たの?」 それは明らかに悪意が込められた独り言であった。レンはベンチの背後を一瞥するとそこには睨みを利かせた櫂が立っていた。 「何故お前がアイチといるんだ?」 「君には関係ないだろう」 「そいつは俺の連れだ、返せ」 「失敬だなぁ、僕はアイチ君を介抱してたっていうのに」 刺々しい言葉を投げ掛け合う両者は怯む様子はない。 昼下がりに公園はまだ他のブロックも試合中であり、明るいものの人の気配はない。遠くから聞こえる歓声だけがその場を制している。 「そもそも心配なら手綱でも付けて逃げられないようにでもしたら?」 「相変わらず悪趣味な発想だな」 「ねぇ、櫂」 口調こそ物腰は良いが櫂を睨み付ける眼光はあまりに鋭く、櫂でない人間ならば怯むであろう。しかし櫂は真正面からレンを睨み返す。 「アイチ君、僕にくれない?」 「ふざけるな」 「彼は君以上に強くなるよ、それに僕はアイチ君に興味があるんだ」 一気に顔を歪めた櫂は怒りに震える拳を必死に抑えつける。レンは安らかに眠っているアイチを抱き寄せて頬を舐める。 なんとも言い難いこの屈辱に更に怒りは加速して行く。 喉元まで出かかった暴言を抑えようとする。ここで怒れば相手の思うツボである以前に昔の自分に戻ってしまいそうな気さえした。 「なんなら力ずくで奪うよ、実力行使は得意だからね」 レンはそっとアイチをベンチに寝かせて立ち上がった。愉快そうな笑みを浮かべて、憤怒に燃える櫂を見た。そのままレンは櫂の横を素通りすると風に紛れて消えるようにして去っていった。 嵐が去っていったような安堵を感じながら、未だ眠りにつくアイチの方に足を進める。 彼は何も知らないのだろう、幸せそうな顔で眠っている。この様子だと暫く起きないと思った櫂はアイチを背負ってチームのところに帰ることにした。 「あー、探しましたよ! 二人していなくなっちゃったものですから」 アイチを背負った櫂を見て、シンは観戦席から立ち上がって二人を交互に見た。元々観戦席にいた三和も「お前、どこ居たんだよ」とだけ声を掛けた。 「何、アイチ調子悪いの?」 「ただ寝てたのを拾っただけだ」 「アイチは無用心だなぁ、櫂もおちおちしてらんねーわな」 気絶したようにも見えるアイチを見たミサキはらしくない声音で櫂に問う。櫂自身もアイチのことはよくわからないがここで余計なことを言えば後々面倒になるのは目に見えていた。 三和は後ろの観戦席からそう声を掛けて、まるでからかうように笑っていた。 アイチを隣の席に座らせて、自分も一息をついた。櫂は頭の中を巡らせてレンの台詞を思い出した。 「アイチ君、僕にくれない?」 それにはどんな意図が込められていたのかなど分からない。それでなくても得体が知れないと言うのにだ。 櫂はアイチを一瞥した後忌々しく笑っているだろう、レンの顔が頭から離れない。 アイチをレンの所有物にしようとするならば全力で阻止すると口には出さないが心の中で誓うのだった。 |