2日目の朝ご飯 布団が一人分しかないとすれば、二人で同じベッドに寝るのは恋愛的な相場で決まっている。 しかしそんなこと有るはずがない、いやあってはならないのだ。実際問題、意中の相手が横で寝息を立てていればちょっかいはおろか襲いたくなるのが男の性と言うものだからだ。 「俺は床で寝る、お前はベッドを使え」 「でも悪いよ……、櫂君の家なのに…」 「いいから寝ろ」 櫂の部屋にあるベッドは一人分の何の変哲もないスプリングベッドだ。アイチと櫂が一緒に寝たらとりあえず狭いだろう。 櫂は敷かれた絨毯の上でクッションを枕代わりに寝ようとしていた。あまりの格差にアイチは戸惑うものの櫂に消灯されてその日は大人しく眠りに付くことにした。 清々しい小鳥の音色は朝が来たことを知らせてくれているようだ。カーテンから漏れた日の光で櫂は重たい目蓋を開いた。 昨日あんなに真っ暗だった部屋は朝の日の光のおかげで周囲のものが完全に見える程度に明るい。 櫂はさらに重たい身体を起こして、改めてなんで自分の家で床に寝てるのだろうか、と頭の中でそんなことよぎった。 ゆっくり視線をアイチの寝ているベッドに目を向けると、掛け布団は綺麗に皺なく畳まれている。 それを見て眠気が一気にぶっ飛んだ櫂はカウンター付きのリビングに慌ただしい足取りで向かった。 「あ、おはよう櫂君」 「朝は俺が作るからいいと言ったはずだ」 「でもお世話になるばかりは悪いから……」 まだ登校時間の一時間前だと言うのにアイチはもう制服に着替えている。その上から恐らく女の子用であろう、全面ピンクでキャラクター入りのエプロンを着用している。 櫂は寝起きと言うこともあり、やや不機嫌気味にそう言うものの、アイチは折れようとはしない。こうゆう時だけ意志がはっきりしている。それはおろか手遅れなことに食卓には典型的な朝食が並べられている。 トーストに目玉焼き、サラダにデザートにヨーグルト。アイチの家ではこれが普通だと言う。 「はい、今日のお弁当」 「これも俺が……」 「大丈夫、櫂君の嫌いな人参とかピーマンは入れてないよ」 そこじゃない、先導アイチ。 と突っ込みを必死に抑えようとした。問題は弁当の包みである。これまた小中学生をターゲットにしたような円らな瞳をした兎がプリントされている。男子高校生には痛々しい柄だ。 アイチは自信満々にそう答えた。櫂が自分で弁当を作るのには意味がある。好きな物に偏らせるためで、昨日確かに人参とピーマンを残した。アイチはそれを見逃さなかったらしい。櫂にとって嫌いな物が入ってないのは好都合かもしれない。 アイチと朝食を済ませた後は少しだけ学校へ行く準備を調わせていた。鈍臭いアイチは混乱して変に慌てながら準備していた。 家をでなければいけない時間まであたふた物を詰め込むアイチに櫂は「これは今日必要なのか?」と確認をとりながら必要なものを鞄の中に押し込んでいた。 櫂が珍しく遅刻寸前で学校に入ったのはいうまでもない。いつも以上に気だるそうな顔をして教室に入った。 「よぉ、櫂! あんまり遅いもんだから今日休みだと思ったぜ」 「うるさい」 「なんだよ、アイチとなんかあったのかよ? 早速衝突か?」 教室に入るなり、話し掛けてきたのは三和だ。三和はカードキャピタルでアイチを自分の家に誘い込もうとした一人である。 やたら上機嫌で櫂の腹を探るようにアイチの話題を振って、やめようとはしない。話題をかわそうと会話から違う単語を引っ張りだしてくるも三和はそれさえも逆手に取り、話題を戻してくる。 「なんでそんな話したがんねーの? たかがお泊まりだろ?」 「……他人の事情に首を突っ込むな」 「うわー、こわいこわい」 朝の騒動から幾らか疲れが溜まっているのか、もしくはカルシウムが足りていないのか櫂は朝から機嫌が悪い。櫂の良いところは不満の種がアイチであれ、それをアイチにぶつけないところだ。 それでいてアイチの親になったような気分でいて、頭の片隅には常にアイチがいた。 そいつは授業中であれ休み時間であれ櫂の意識を丸ごと取っていってしまう。頭の中では「夕飯は何にすべきか」なんて今まで考えたことがないようなことに頭が回って仕方ない。らしくない、と思いながら窓の外に目をやるのだった。 「櫂君……!」 何分待ったかなどはあまり気にならなかった。放課後になり人がある程度少なくなった中を校門から歩いてくるアイチを見つけた。 その日の学校などあまり記憶になかった。時の流れが何時もの倍以上に早く流れた気がしてならない。 三和を厄介払いした後にアイチを迎えに行くなどと、彼に再開する前の自分が今の自分を見たら迷いなく自嘲するだろう。三和やミサキに言われたように丸くなったのかもしれない。 「ごめんなさい、委員会が急に入っちゃって………」 少し困り顔をするものの、櫂の顔からは未だ目線を外したままである。櫂は「行くぞ」と一言だけ掛けてアイチよりも広い歩幅で歩いていってしまう。沈みかける夕日のせいか二人の影は長く映えている。 カードキャピタルに行けば、多大なる冷やかしを受けることを予知した櫂はカードキャピタルに寄ろうなんて気は起こらなかった。 「櫂君、今日何食べたい?」 「アイチは何が食いたい」 「答えになってないよ」 ふんわりと印象的なその笑みは時にあまりに目に毒だ。 その時、櫂は初めて自覚せざる得ない事実と向き合わなければいけない。顔が熱くてたまらない、外は熱くもないのに熱い。先導アイチに赤面している事実がどうも認めたくない。 結局その日の夕飯はファミリーレストランで食事に至ったのは血迷った櫂の答えだった。 そして弁当の包みを三和に思い切り馬鹿にされたことを話してやろうと思った。 |