些細だけど大切なこと ※ミサキ+アイチ的なミサアイ ミサキは店のカウンターで分厚い一冊の文庫本をやっと読み終えて一息をつく。何だかんだ朝の開店から途中仕事しながらずっと文庫本に目を向けたままだった。 一瞥して外を見てみれば、昼の斜陽が容赦なく店内を照らしている。 道路に面している入り口がガラス張りの店内はやたら日の光を受ける。店内は省エネに優しくないほどにクーラーで冷えている。 きっとここを出たら、外の歩行者のように汗ばんだ顔をハンカチで拭うことになるのだろう、と思うとミサキは腑に落ちない様子で溜め息をつく。 休日午後からの客は案外少ない。 どちらかと言えば客が集中するのは開店直後と閉店直後である。平日ならば学生で溢れるカードキャピタルは今はファイトテーブルの空席がやけに目立つ。 「……あ、いらっしゃい」 「こんにちは、ミサキさん」 どうも落ち着かない様子で辺りを見回す常連客の先導アイチはミサキに挨拶した後に周りに花を咲かせてくれそうな満面の笑みを浮かべた。 「アイツは来てないよ」 「あ、えっ……そ、そうなんですか……?」 「ああ、残念だったね」 「そっかぁ……」 ミサキは足元にある本が沢山入った紙袋から無造作に手を突っ込みおもむろに一冊の本を取り出した。 表紙を確認して「ああ、これか」と呟きながら、本を開いた。開いた後は目を少し細めて眺めるだけだ。 だが集中できなかった。 どうも先導アイチが気になってしまうらしい。ミサキは無意識のうちに視線をアイチへと向ける。 彼はただデッキを確認しながらその時を待っている。その期待と裏切りを知らない希望に満ちた眼差しでデッキのカード達に目を向けていた。 まるで彼氏を待っている女の子みたいに初々しい。彼は、櫂トシキは来ないことだってありえるのに、アイチはそういう点だけ前向きだ。 「外、暑かった?」 「え……まぁ、夏ですし…日差しも結構強くて……」 「あんた暑そうな髪型してるよね、結ったりしないの?」 「エミにも暑そうだから縛れ、ってよく言われるけど男の子が髪の毛縛ってたらおかしくないですか?」 控え目な口調と笑顔でミサキを見つめた。 肩に付きそうな長さに伸ばされた髪は外に弧を描くように跳ねている。綺麗好きであり、お洒落が好きな彼の妹ならば口煩く言うのは簡単に思いつくものだ。 「結ってあげる?」 「いいですよ、ミサキさんだって忙しいですし……」 「今は丁度暇だから平気」 そう言いながらミサキはカウンターから動いてアイチの座る席にゆっくりと歩みよった。ポケットから櫛とヘアゴムを取り出してアイチの髪に触れた。 柔らかい髪だった。 いつまでも撫でていたくなるような髪質。男達が好んでアイチの髪を撫でているのもなんとなく理解出来る。 「くせ凄いね、元々?」 「はい、湿っぽい日は収集つかなくて」 「でもアンタに似合ってるよ」 そうですか?、と尋ねられてミサキは頷いた。櫛を器用に動かし髪を一つに束ねていく。 まるで妹が出来たような気分だ。 彼と呼ぶに相応しくないほどに繊細だった。男と言う形容はまるで似合わない後ろ姿を見る。 ゴムで一まとめにした髪は揺れた。できたよ、と声を掛けて鏡を見せると顔を赤くしていた。 こういったときタイミング良く、ミサキの知るいつものメンバーはやってくる。 アイチのポニーテールは案の定絶賛で皆からもみくちゃにされるほどだ。おまけにアイチの会いたがっていた櫂からも「似合っている」とか言われて更にアイチは嬉しそうにはにかんでいる。 ミサキはまたカウンターの席に腰を下ろしてアイチ達を眺めた。 何とも言えない久しぶりの気持ちにミサキは遠くから小さく笑みを浮かべた。 |