プールサイドロマンス 鬱々とした梅雨が過ぎ去ったと思いきや、次に歓迎するかのように待ち受けていたのは強い日差しだった。 歓喜と水の飛沫が弾けるプールサイドは夏休みに入ったばかりでも人で溢れていた。 これが盆休みや夏休み終盤に突入したらどれだけの人が押し寄せるかなんて考えたくない現実である。 「ん………、暑い」 太陽の熱気に根を上げたアイチはただ一言そう漏らした。半袖のパーカーを着て、プールサイド近くの日陰に身を寄せている姿はやけに目立つ。 そもそもここにアイチがいる理由は三和のプール監視員のバイトを見に来たのであって遊泳する気はない。 「仕方ねぇってアイチ、あ! そこ飛び込み禁止だぞ!」 三和が高台からTシャツを羽織り声を張り上げる。 「何で俺まで」 「なんだかんだでお前もやってんじゃねぇか」 「それにしても泳ぎもしないのにアイチはなんでいるんだ?」 「えっと、僕は……その、二人を見たくて」 申し訳なさそうにアイチが目線を合わせずにそう告げる。 アイチの赤くなった顔を見つめ、櫂はため息をついた。 「よかったな、櫂! お前の勇姿を見てくれる良い彼女がいて」 「僕はそんなんじゃ……!」 「三和!」 「あれ、アイチお兄さんじゃないですか」 間髪を入れずに三人の会話に割って入って来たのはカムイである。カムイの小脇には浮き輪が装備されていたが突っ込まないとアイチは心に誓った。 「あれ、カムイ君……来てたの?」 「はい! で今日はエミさんは……?」 「エミは宿題があるからって家に残ってるよ」 そうですか、としょんぼりするようにうなだれる。 櫂がくだらん、と吐き捨てるとやはりカムイは食いかかって来た。 「櫂、もうそろそろお前上がっていいんじゃねぇ?」 「言われなくてもそのつもりだ、行くぞアイチ」 「う、うん! じゃあ三和君、カムイ君それじゃ……」 櫂はプールサイドを人混みの中をアイチの腕を引っ張ってゆく。あまりの人の多さからか二人は人混みに溶け込んで消えた。 「櫂の野郎、何でアイチお兄さんまで連れてくんだよ」 「どうせ小学生みたいな可愛い嫉妬だろ、他の野郎と居るのが嫌なんじゃねぇの? アイチも鈍いよな」 メガホンを口から外してカムイを見下ろすとふてくされたカムイがそこにつっ立っていた。 三和の言うとおりかもしれない、ああ、どこまでもキザな野郎だ! とか心の中で叫ぶしか出来ない。 腹いせにプールサイドから助走を付けてプールに飛び込んだら三和に三割増しで叱られたのであった。 「何か食べたいものはあるか?」 「こう暑いし、アイスとかいいよね」 日差しを避けながら木陰を歩く。蝉はうるさく喚き散らすもののそれは逆に夏を感じる物かもしれない。 櫂は足を止めて違う方向に足を進める。 「櫂君?」 「コンビニこっちだろ、奢ってやる」 「え、いいよ! 悪いし、そんな」 ぶんぶんと首を振ってみるも櫂は見向きもしない。ただいつも通りの足取りでコンビニを目指していた。とりあえずアイチは櫂を追い掛けて小走りして追い付こうとする。 「えっと、櫂君格好良かったよ!」 「なんだ急に」 「すごく似合ってた!」 「あんな黄色いTシャツ、似合ってたまるか」 「でも僕、櫂君が格好良く見えたよ」 ピタリと足を止めて櫂はアイチを見るとアイチは赤らめて俯いて指を弄っていた。櫂はそんなアイチの頭を少し撫でてやろうと手を伸ばした。 「あ、櫂君にアイチ君じゃないですか!」 遠くから店長が大荷物を抱えてそう叫んでいるのに気付いた。櫂は無視しようと思うがアイチは良心的な故に手を振り意思表示している。 櫂にしては頑張った好シチュエーションは一気に崩れ去るのであった。 「櫂の奴、今日は一段と機嫌悪いんだけどアイチ知らねぇか?」 「昨日帰りからずっとああなんです」 次の日、そこには監視員専用Tシャツを着て、眉間にしわを寄せ仁王立ちで子供を見守ると言うには相応しくない目付きで見ていたのであった。 |