好き、だと思う









アイチは読書家なのかもしれないと自分自身を評価しながら、足を向けた先は県内でも大規模な図書館だった。

初夏の湿っぽい暑さが辛い時期の図書館ほど学生の溜り場になりやすい。理由は明確だ。その場には冷暖房が完備されていて、しかもどれだけ居ようとも金は取られない。
学生にとってそんな美味しい場所を見逃すはずはない。またアイチも勉強本片手に涼みに来たようなものだ。


図書館内はやはり見渡す限り大人よりも学生の割合を占めていた。
ありとあらゆる机は学生達に占拠されていて、中にはどさくさ紛れに違うことをしている連中も居るが図書館を見回る職員も手が回らないらしく多少目を瞑っているようだ。


「あ、アイチじゃん」


挙動不審に周りを見渡していると、いきなり遠くの方から声が掛かった。
反射的に声の主を探そうと周りをもう一度見渡すと端の机で同級生と勉強していたのか三和の姿がある。

咄嗟に三和の方に足を進めると周りの友人達は囃し立てるように「おい、三和どうゆうことだよ」なんて声が聞こえた。
元々、今日は休日なこともありアイチは軽い軽装の私服なこともあり、ぱっと見ただけでは中性的な顔立ちのアイチはどちらの性別と捉えられてもおかしくはないだろう。


「残念、櫂はいねぇぞ、逃げられたんだ」

「別にそんなつもりじゃ……」

「それとも……俺に会いたくなっちゃってたとか?」


それは明らかに意図的な笑みだ。
アイチはとっさに林檎の如く赤くなった顔を押さえてただ三和を見つめていた。


「なんだよ、三和のカノジョ?」

「まぁそんなところだ、可愛いだろ?」

「うわ、三和のくせに惚気やがって!」


三和の友人達は羨ましさと恨めしさの眼差しを三和とアイチに向けると嘆息した。どうやら彼女はいないらしく勝ち組と称して誇らしげに笑う三和を睨む。

その後と言えば、三和によるアイチの語りについには呆れて友人達は逃げてゆくのだった。


「あの、三和君………」

「あいつら空気読むの本当にうまいなぁ」

「………へ?」

「まぁいいや、アイチは漢字とか得意?」


不意に聞かれたこともあり応答に少し時間が掛かってから未だ顔を赤くして小さく頷いた。
三和に促されるままに隣に腰掛けるとあまりに近すぎる距離にアイチは驚きつつ身体を遠ざけようとする。


「宿題に漢字の書き取りとかな、小学生じゃあるまいし……」

「三和君……、あのちょっと近くない?」

「あー、いいんだよ俺アイチ大好きだし」


理由になってないよ、と思いながら三和の解いていた藁半紙の束のプリントにぎっしり印刷された文字を見る。
あまりに凝縮されすぎて目が疲れるような気さえした。


「まさか、これを今から?」

「期限明日までなんだよ」

「ええええ!」

「アイチ、礼になんか奢るから手伝ってくれねぇか?」








三和にうまいくらいに利用されてるのは自分でもわかっていたが悪い気はしなかった。
むしろ相手の役に立っていることが何故か嬉しく感じてしまうのだ、パシリ精神が身に付いてしまったのかとアイチは少しため息をつく。

閉館時間が近づくに連れて学生は急激に減りはじめる。学生に限らずの話だか大規模な図書館はいつも通りの姿に変貌した。


「アイチそっちどう?」

「後ちょっとです」


その場を支配するのは、一心不乱にシャープペンシルを紙面を走らせる音とどこからか聞こえてくる本をめくる音だけである。

三和とアイチは一斉にペンを置いて脱力する。


「ああー、終わった終わった! ありがとなアイチ!」

「いえ、三和君の役に立ててなんか嬉しい」

「もう本当にアイチいい子だなぁ」


三和が頭を優しく触れるとくすぐったく、妙に胸が高鳴る。
そんなことを考えている自分は一体何なのかと、友人に頭を撫でられてるだけでこんなことを考えてしまう自分が変なんじゃないかと思う。

頬に添えられた手に少し驚いてから手を伝わって三和を見ると彼は笑顔を向ける。

アイチは首を傾げていると、迫って来た三和と唇を重ね合わせてきたのだった。









「公衆面であんなこと出来るとかね、どうかしてる………」

「まぁまぁミサキ、青春じゃないですか」


店番中に何冊か見繕って貸し出しカウンターにもっていくミサキはあまりに非常識な知り合いの行為にため息をつく。
荷物持ちとして同行した新田は苦笑いして二人を見るのだった。

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