※サンホラパロ
吹雪はあまりに月明かりが映える夜に歌を聞かせてくれた。
思いの他その歌はあまり聞き馴染みは無いもののすぐに耳はその音を覚え、頭を駆け巡る。
元々円堂はサッカー一筋の馬鹿であるため今の流行しているアーティストの曲など知らない。
円堂が歌えるとしたら学校で歌うように指示されて覚えた童謡や校歌程度である、そんなあまりに乏しい音楽のレパートリーに吹雪の歌はあまりに美しく感じたのだ。
「すげーな、誰の作った歌だ?」
「…この歌は生きていた頃アツヤが作った詩………」
円堂はアツヤの存在を知っている。
それは吹雪の人格を通してのことだがあまりに荒々しい性格に不釣り合いな詩である種の違和感を感じさせる。
だが妙に心地よい柔らかな声に円堂は癒される。
「この詩が出来た時のこと……教えてあげるよ」
円堂は吹雪の少しだけ哀しげな顔に頷くべきではないだろう、しかし好奇心か吹雪のことを知りたいと思うせいか自然と頷いた。
雪崩事故は僕、吹雪士郎にとっては最大の不幸であった。
ニュースにも一時取り扱われたあまりに酷い惨事だと。
自分自身もあまり無事と言える状況ではないが、重い雪の中で何時間も放置された両親に比べたら大したことはない。
両親は凍傷でレスキュー隊が来た頃にはすでに手遅れだった。
だがアツヤは虫の息であった。不幸中の幸いかまだ重度の凍傷にはならずにすんだ。
意外に僕はすぐ退院したもののメンタル面で異常を来していた。
当たり前だ、両親がほんの一瞬……しかも今まで無垢に戯れていたあの雪の奪われたんだ。
僕は毎日……一日の半分以上はアツヤの病室にいた。
それだけが最後の希望だった、両親を失って、最愛の片割れを失えば雪崩よりも辛く苦しい現在に向き合わなくてはならない。
幼い僕はなにか不幸な夢でも見ている………なんだろうね、冗談な気がしたし、とにかく実感が沸かなかった。
それくらい曖昧だった…あの頃はただ現実を受け入れたく無かったのかもしれない。
アツヤはベッドに伏せたままで大好きなサッカーも出来ないけどたくさん話をした。
いつも顔を合わせているのに何故か話の内容が尽きない…話しておかなきゃいけない気がした。
アツヤはね、歩きたくても歩けなかった凍傷で全身麻痺して身体が思うように動かなかったんだって…だから僕はアツヤの足になった。だって色んなコードや線がアツヤを巻き付けて、機械が立ち並んでてアツヤが可哀想だった。
アツヤの欲しいものを買ってきてあげたり、持ってきてあげたり、とにかく必死だった。
ただアツヤの「ありがとう、にいちゃん」って声が聞きたくてただ必死に……。
「何しているの?」
やっと少しだけ動くようになった手で一枚の白紙に文字を書いていた。僕が覗こうとすると、見るな、と怒られた。
「完成したら一番に見せてやる」
アツヤはそう言って僕が見舞いにと持ってきていた植木鉢に咲くパンジーを見るとアツヤは食い付いた。
「パンジーいいよな、俺は好きだぜ!いい匂いするし!」
「パンジーは草の匂いしかしないよ、アツヤ」
「士郎はコレだからお子ちゃまなんだよ、ロマンチストじゃないな」
今思えばアツヤはパンジーの花言葉を知っていたのかもしれない、それでなきゃアツヤが花に興味を示しはしない。
僕はその間にたくさん葛藤した。
どうして神様は僕だけを助けたの、僕がアツヤだったらどんなに良いだろう………
アツヤからどうしてサッカーを奪ったの、僕が代わりに足でもなんでもアツヤにあげるから…アツヤからサッカーを取らないで、僕が苦しい思いも全部全部背負うから
せめてアツヤは殺さないで……
そしてあの日が来たのだ。
「にいちゃん……」
「なぁに…?」
いつも通りの病室には斜陽が入り、昼過ぎの陽気な風が流れる。ぱたぱたと病室の外では同年代の子の話し声や足音が聞こえた。
「パンジーの花言葉知ってるか」
「知らないよ、教えて?」
「ずっと……ずっとずっと俺のことを忘れないで、思っていろって言う意味だよ」
僕はじょうろでアツヤにプレゼントしたパンジーに水をやった。
枯れかけたパンジーを日陰から日の当たる窓際に移していた。
「だから、これからもずっとずっと忘れないで、一番大好きだったよ、にいちゃん……」
アツヤがその言葉を言い終わった直後に不気味な機械音は連続的な音ではなく、壊れたかのようにただ同じ音を鳴らし続ける。
ドラマとかで知っている、これって………
医者が駆け付け、看護師が駆け付け、親戚が駆け付けて僕はその場の状況が読めない。
親戚の皆が泣いている。
皆を押し退けてアツヤを抱き締めれば雪のように冷たい。
嗚呼………
どうして………
葬儀の火葬場でアツヤと一緒に灰になろうとした………
親戚に死に物狂いで止められて叶わなかった………
そんな全てを失った僕はただ無心に一人アツヤのいた病室を片付けていた。
パンジーは枯れてしまった、まるでアツヤだったかのように……
引き出しを引くと一枚のぐしゃぐしゃになった紙が出て来た。
アツヤの書いためちゃくちゃな文字で書かれていた詩……
そうだ、これがきっかけでどの歌よりも口ずさむようになったんだ………
あまりに物語じみた悲劇に円堂はただ呆然と吹雪を見つめた。
そして今までを理解する、吹雪が人格を作り出した理由もだ。
吹雪はまた小さく笑い、円堂を見た、その目は潤っていて今にも雫が零れ落ちそうだ。
円堂はつい吹雪を自分の胸に押し付けた。
「………泣きたいなら泣いていいぞ……吹雪はいっぱい我慢した」
吹雪は驚いた顔で円堂を見上げるも込み上げてきた涙に堪え切れず声をあげて泣いた。
吹雪の涙を見たのはこれが初めてだった。
そして円堂はこの小さな身体を一生守って行こうと決心した。
beautiful a thing
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初シリアス!!
吹雪は本当に強いよ、メンタル的な意味合いで
ちなみにベースとなったのはサンホラの"うつくしきもの"と言う詩です……原型ないけど…