柱 前編


「へぇ。ついに鈴も鬼殺隊の仲間入りかぁ……」
「そうそう、だから祝ってくれよ! 飲んでくれよ!」


俺は酒を持って宇髄の家を訪れていた。
奥さん方は今は別任務で諜報活動に向かっているようで、家にいるのは雛鶴だけだった。

昼間に現れた俺が持ってきた酒を見て、困った顔をしながらつまみを用意してくれた。
本当に出来た妻だと思う。

今日、鎹烏から一足先に鈴が最終選別を乗り越えたと連絡が入った。
俺の自慢の弟子だ。
六年前に鬼に家族を殺された神職の出の娘。
その瞳には何も映さず、生きることを最初拒んでいたあの子供が今や鬼殺隊士だ。

そう仕向けたのは俺だけど、それでも生きてもらわねばならなかった。
あの神社に伝わる扇は日輪刀と同じ素材。
だけど俺が触れてもそれは色が変わることは無かった。

隠されたように置いてあった秘伝書も、俺にはよく分からなかった。
だから、その跡取りであるアイツを育てたのはあくまで舞の呼吸の秘伝を知るためで……。

幼い子供を不憫に思って助けたわけでは無い。

そんなはずだったのに、気がついたら情が移っちまった。
鬼殺の剣士として育て、そして今に至る。

あの頃の無表情が嘘のように変わって、今では師を師と思えぬ言動の嵐。
ほんと、良い性格に育ってくれて俺は嬉しいよ。

その嬉しさを踏まえて、宇髄の家にやってきて、酒を煽る。
それを見て、宇髄が皮肉をこぼす。

「それは構わねぇがお前、家に帰らなくていいのかよ? 鈴がキレるぞ」
「……、家の中を荒らしてきたから俺的には出来れば家に帰りたくない」
「………、ほんと派手なヤツだな。それ、わざとだろうが」

宇髄の指摘に俺は傾けかけた杯を止めた。

コイツは知っている。付き合いが長いから。

俺が酒に溺れるようになったのは、カナエが死んでから。
俺が博打場に出るようになったのは、カナエを殺した鬼の情報を得るため。
俺が女に近寄るようになったのは、カナエを殺した鬼が女に執着していたから。

ほとんどがカナエの……、俺の恋人だったアイツのためだった。
でも、カナエが生きていた頃に、一つだけ変わったことがある。

鈴が生きる場所を作るため、俺はわざとだらしない師を演じた。
元々、自分のことはほぼ自分で出来る。
だけど、あいつを拾ってから暫くの間、家の中まで手がまわらなかったことがあった。
そのとき、あいつが自発的に動いたのは家の中の掃除からだった。

死んだような目をしていた鈴が、荒らした家の中を少しずつ片付けていく。

もしかして、と何度かわざと荒らしたままにしておくと、あいつは片っ端から片付けるようになった。
そして、初めて怒りというものを俺にぶつけてきたのも「家を荒らすな!」という言葉。

どれだけ嬉しかったことか。
感情を取り戻してくれたアイツに、へらへら笑ったのを思い出す。
嬉しすぎて全集中の呼吸を使いカナエに全力で報告に行ったのを覚えてる。

それが衝撃過ぎて、今では気がついたらアイツのために家を荒らしている。

俺がわざと家を荒らしているのを鈴が知ってるかは知らない。
だけど、今ではそれが日常だ。

今回もしっかりと怒られるつもりで家の中を荒らしておいた。
最終選別で疲れて帰ってくるアイツに、少しでも日常を味わって欲しくて。

………、滅茶苦茶怒ってるだろうけどな。


「いいんだよ、死にかけた非日常を一週間も味わうんだ。現実味を帯びた方が良いだろ」
「その非日常を過ごした後に、掃除させられるなんて地味な嫌がらせにしか見えねぇぜ」

宇髄のため息に放っておけと俺は思う。
これは俺たち師弟の問題だと目を据わらせて呟くと、廊下を歩く音が聞こえた。

これは雛鶴ではないな。
宇髄も気付いて顔を上げると、開けられた障子から顔を出したのは派手な髪色のアイツだった。

「よもや! 誰が来ているかと思ったら狂舞か!」
「煉獄、お前……、せめて声をかけてから入って来いよ」
「声はかけた! お前の奥にはな!」
「この部屋に入る前に声をかけろって言ってんだよ!」
「入るぞ!」
「遅ぇわ!」

宇髄と煉獄の掛け合いを見ながら、俺は先ほど止められた杯に口をつける。
そして空になったそれを煉獄の方へと向けた。

「ほら、煉獄も飲めよ。俺の継子が最終選別を超えた祝いだ!」
「そうか! 狂舞の継子もこれで鬼殺隊士か、めでたいな!」

煉獄は自分のことのように嬉しそうに笑って部屋に入ってきた。
どかりと俺と宇髄の間に座ると、一献だけというように杯を受け取った。

それに徳利を傾けて、とくとくと清酒を流し込む。

「それで、何のようだ?」
「うむ、俺の担当地区で鬼が活発化してきているようだったのでな。柱合会議までまだ時間もある。だから他の柱はどうだろうかと聞きに来てみたわけだ」
「あー、なるほど……。俺んところはまだそんなに活発化はしてねぇな。通常通りだわ」

柱二人の会話に俺は少し黙り混むことにした。
元柱とはいえ、俺が入っていい話ではない。

カナエを殺した鬼を探すためだけに……
復讐をするためだけに、動きたい。
俺は、他の人間を助けている余裕は今はない。

俺が助けたいのは、継子である鈴と、カナエの忘れ形見でもあるしのぶだけだ。
それ以外は、どうでもいい。

正直、そう思っている。

そんな人間を柱のままになんて出来るわけがねぇ。
だから俺は柱を降りた。

お館様や悲鳴嶼さん、そして宇髄には申し訳ねぇって思ったけどな。

「狂舞のところはどうなんだ?」

ふいにそう言われて俺は顔を上げた。
突然話を振られて、俺は目を丸くする。

一体何の話だと首を傾げていると、煉獄は嫌な顔などせずもう一度問いかけた。

「狂舞もあちこちで情報を収集してるのだろう? 何か聞いていないか?」
「あー、特に何も。そんな話を聞いたとしても、俺にとってはどうでもいい」
「うむ、それもそうだったな! だが情報共有は大事だぞ!」

煉獄に言われなくても分かってる。
でも、それが煩わしくて、俺は柱を抜けたっていうのに……

「狂舞を責めてるわけじゃない。ただ、そういう情報を一つ一つ集めていけば、その根源に辿り着くということもあるんじゃないか? 皆の情報が集まれば、必然と答えが導き出されることもあるだろう」

いつもはうるさいくらいに声を張り上げる煉獄が、穏やかな口調でそう言った。

「まぁ、そりゃそうだろうな。お前のその気持ちも地味に分かるけどよ。………、お前、本当にもう柱に戻るつもりはねぇのか?」

宇髄も煉獄の言葉に一理あると頷いて、乗りかかるように問いかけてくる。

そんなこと、俺自身が一番よく分かってる。
だけど、このドス黒い感情は簡単には収まらない。

「……馬鹿言え、今は柱は九人揃ってる。俺が戻る必要もねぇだろ」

漸く柱が揃ったのだ。
もう俺の入る隙はない。

だからこれで躊躇いなく上弦の鬼を探すことが出来ると思った。

すると、ふいに煉獄がぽんっと手のひらに拳を打ち付けた。

「ではこうしよう、万が一俺が死んだら柱に戻れ! お前が後釜なら俺も安心だ!」
「縁起でもねぇんこと言うんじゃねぇよっ! ほんと馬鹿かテメェはっ!」

思わず身を乗り出して俺は声を荒げた。

「あーそれいいな。俺の時もそうしてくれや、派手に帰り咲いてくれよ。舞柱さんよぉ」
「天元っ……、テメェもか……!」

思わず睨み付けると宇髄は怖い怖いと両手を挙げた。
だけど、煉獄はまったく気にすること無くその炎のように輝く瞳を此方に向けてくる。

「柱といえど永遠と無事とは限らない。後輩の盾となって死ねるなら本望。死に急いでいるわけではないが、漸く揃った九人の柱を欠けさせるのは不安だ」
「っ………」

淡々と話す煉獄に、俺は言葉を詰まらせると、宇髄は軽く肩をすくめる。

「まぁ、俺も煉獄もそう簡単にくたばらねぇよ。だけどよ、正直お前が抜けた穴は派手にでけぇ。少しは考えておけよな。それだけ、今の鬼殺隊は弱くなっているってことをなぁ」

宇髄の言葉に、不死川が言っていたのを思い出す。
今の鬼殺隊は平隊士の質が落ちている。
柱がどれだけ頑張っても、平隊士の質が落ちていけば、鬼殺隊がいつ壊滅されてもおかしくない。

俺は大きくため息を吐いて、杯の中身を飲み干した。


「分かった。約束してやらぁ。その代わり、お前らそう簡単にくたばるんじゃねぇぞ!? いいか? 俺を柱に戻させようとしてんだ。生きてる間に見返りはしっかりもらうからな?」
「ああ! 任せろ!」
「おいおい、そう簡単に任されるなってーの……」

潔い煉獄の頷きに、宇髄が呆れたように言葉をこぼした。


そうだ。
こいつらは簡単にはくたばらない。
くたばるはずがない。

だからこんな約束をしたとしても、俺は柱には戻らない。

戻るはずが無い。



そう、思っていたんだ……。

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