遊郭でのひととき


どうも、俺、我妻善逸。
ただいま任務のため遊郭で女装しています。

それも愛しい愛しい鈴ちゃんに女装姿を見られました。
はっきり言って死にたいです。

「可愛いんだから気にしなくていいのに……」
「鈴ちゃん目ェ大丈夫!? 視力悪くなってたりしない!?」

本気でそう思う。
この姿を見て可愛いなんて、きっと鈴ちゃんの可愛いお目々が腐れ始めちゃってるんだ。
これはいけない。早く治療しなければ。

「もう、そこまで気になるなら化粧し直せば良かったでしょう?」
「俺だってそう思ったよ! だけどあのオッサンが時間がないって言ってさ!? 万が一こんな姿鈴ちゃんに見られたら俺死ぬって言ったよ!? なのにさぁ!!」
「はいはい、声を抑えようねぇ」

ここに来る前に化粧させられたときのことを思い出して俺は激怒する。
いぎぎぎと歯をむき出しにして鈴ちゃんに訴えるけど、彼女には軽くいなされた。
俺は仕方なく口を閉じる。

仕方がない。俺は潜入任務中だ。
今ここで女装がばれたら、こんなみっともない警鐘をして潜入した意味がなくなる。
そう、タダ同然で売られたとしてもだ!

黙りはしたけども納得いかない顔をしていると、鈴ちゃんは困ったように笑う。

「善逸くんの言ってる意味も理解できるけど、宇髄さんがわざとそんな化粧をした理由も分からなくもないかな」
「へ? この不細工な化粧に意味なんてあんの?」
「んー、例えば……だけど、さ」

鈴ちゃんはその白い腕を伸ばすと俺の肩に触れる。
それと同時に体重をかけられれば、俺の身体はあっけなく布団へと倒れこんだ。

天井と俺の間に、鈴ちゃんの顔が見える。
それも、すごく近い。
息がかかるくらいに。

突然のことで心臓がどきどきと高鳴る。

「え、あ……」

俺が狼狽えていると鈴ちゃんの指が頬をするっと撫でた。

「綺麗過ぎたら、こうして誰かに襲われるかもしれない……でしょう?」

低く囁かれる声。
少し熱っぽくて、背をぞくりと撫でるような色気に、俺は声にならない声をあげて目の前の彼女を見やる。

「っ〜〜〜〜〜。あのねぇ、鈴ちゃん!」
「んー?」

可愛らしく首を捻る彼女に、俺はぶるぶると震えた。
目の前には白い首が見えて、言葉をささやく唇は化粧っけがなくても女性の唇そのもので。
この距離では吸われても仕方がないというのに、この子は分かってない!

そのうえで俺の事好きだって音を鳴らしてるんだから、もう本当に……っ!
え、でも、これ。もしかしてですよ?
誘われてる……ってことでしょうか?
ほら、最近の女の人は強いっていうし、もしかして俺、鈴ちゃんに誘われる?
それならば据え膳食わぬは男の恥!
ここはしっかりいただくべきで……―――

「ね、善逸くん」
「へ? な、なに!?」

突然名前を呼ばれて思わず撥ね飛びそうになる。
そして鈴ちゃんは柔らかく微笑んだ。

「わたしが男なら、善子ちゃんお嫁にもらってたくらい可愛いよ」

へにゃりと笑う鈴ちゃん。
めちゃめちゃ可愛い笑顔で、お嫁……、お嫁って……。
男の矜持が一気に削り取られていく感覚に、俺はずんっと影を背負った。

そういえばお酒入ってたんだったね……。
すんごい上機嫌だもの。

俺は大きくため息をついて、鈴ちゃんの髪を撫でた。

「俺ももしも女の子だったら、鈴ちゃんにお嫁にもらってほしかったです」

お嫁にしたいという言葉で男の本能は掻き消えた。
髪を撫でると鈴ちゃんはコロコロ笑う。
そんな可愛い彼女を見上げながら、俺は一刻も早くこの任務を終わらせようと決意するのだった。

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