悩みの雪解け
「ううっ〜寒っ…!」
長い道のりから漸く安全な街についたオレ達は、宿で一休みしてから自由行動となった。
昔、一人で故郷を探す旅をしたことはあったが、霧の大陸の外までは行ったことがない。
疲れてはいたが興味が先走り、オレは早めに宿を出て町の散策を始めたわけだ。
ただ、とてもつなく寒い!
流れてくる風が、まるで肌を刺すかのように冷たい!
「もう少し宿で休んで来れば良かったぜ……」
ぽつりと思わず愚痴が零れる。
せめて上着を着てくるべきだった。
むき出しの腕が寒すぎる…っ。
やはり一度宿に戻ろうか。
そう考えながらおもむろに顔を上げると、アーチ上の橋に見覚えのある姿を見つけた。
「(あれは……、シズク?)」
右側の高い位置で結われた黒髪が、冷たい風に煽られて揺れている。
おいおい、あの場所だけでもずいぶん寒いんじゃないか……?
コートを着ているとはいえ、オレと同じ半袖。
それもあんな高い橋の上に……
とりあえず声をかけようとも思ったが、シズクが何やら思いつめた顔でじっと一点を見つめているのに、つい躊躇ってしまう。
オレは伸ばしかけた手を下ろすと、視界にふとある店が入った。
「(……まぁ、寒いし…な)」
橋の上に立つカノジョの顔と店を交互に見てから、オレは店へと急ぎ足で向かった。
「……はぁ……」
思えば遠くに来たものだ。
シズクはため息をついた。
この世界に来てもう結構な日が経つ。
少しずつこの世界にも慣れてきたのはいいが、時折思うのはやはり力の事。
仲間たちは皆良い人ばかりだ。
元の世界のように、表と裏がある人はいない。
でも、時々考えてしまう。
この世界の住人ではない自分は、仲間たちの足手まといになっていないかと。
仲間たちとちゃんと同じ速度で歩いていけているのかと。
「…………はぁ〜……」
もう一つ、今度は長いため息が出た。
吐いた息は白く濁り、そしてそのまま消えていく。
「私の悩みも、こうやって消えていってくれればいいのになぁ……」
「何をだ?」
「ひゃあああ!! ぶふっ!」
いきなり後ろから声をかけられてシズクは悲鳴を上げた。
だが、その瞬間に顔を何か暖かいもので包まれて謎の奇声が出る。
シズクは慌ててそれを顔から外そうとしたが、思った以上に身体が冷えている事に気付き肩にかける程度で止めて声がした方へ顔を向けた。
「よっ!」
「ジ、ジタン!? あー……、びっくりした…。普通に声かけてよ〜…」
片手をあげて普段とは違う黒いファー付きのコートを着て明るく笑うジタンに、シズクは恨みがましく瞳を細める。
そんな彼女の視線に、軽く謝罪をしてジタンは隣に立った。
「ごめんごめん。だって、思いつめた顔してたから普通に声かけにくてさ〜…」
「え…、そんな顔してた?」
「してた。」
声をかけれなかった理由を知ると、シズクは思わず自分の顔に手をやる。
頬は冷たい風に当てられて、かなり冷たい。
ジタンに即答されると、シズクは動揺した。
肩に落とされた長めのケープを肩にかけ直し、話題を逸らそうと裾をぎゅっと握る。
「そういえば、これ、どうしたの?」
「ん? シズクが寒そうだったから、そこの店で買ってきた。ついでにオレのもね。」
「ええっ!? じゃ、じゃあお金払わないと…!」
「いいって。オレが買いたくて買ったんだから気にするな。」
ひらひらとジタンが片手を振り、橋の手すりに肘をついた。
そして頬に手を当てて、街並みを見下ろす。
そんなジタンを有り難いような申し訳ないような複雑な気持ちで眺めてからシズクも隣に並び直した。
「ありがと、ジタン」
「おう。」
「ついにでしっぽもくれたら嬉しかったんだけど…」
「それは勘弁してくれ」
シズクの本音にジタンのふわふわなしっぽを遠ざけながらきっぱりと言う。
そんなジタンに気持ちも切り替わったのか、シズクはくすくすと笑った。
笑ってるシズクの顔を横目で確認して、ジタンもつられて口角を上げた。
「よし、笑ってるな。」
「え?」
「さっきの話の続き。笑えないくらいに悩んでるようじゃなくて安心した。」
ジタンの青い優しい目を向けられて、シズクは一瞬声が詰まった。
彼の青い瞳は、本当に綺麗で隠し事さえも出来ないと思う。
「心配、してた?」
「そりゃそうだろ。仲間が悩んでるの見て、放っておくなんてできないよ」
「仲間……?」
「そ、頼りになる仲間。」
「あ、足手まといになってない?」
「なんで足手まといになるんだ? ダガーもそうだけど、女の子だからって楽してないし、何よりシズクの努力してるところオレ達はよく知ってる。(………本当なら、もう少しオレに頼って欲しいくらいだけど……)」
心の声が漏れないようにジタンは一つ一つシズクの問いかけに答えていった。
すると、見る見るうちに、シズクの表情が明るくなっていく。
そして、何か納得したのかシズクは大きく頷いた。
「そ、そっか!」
「そうそう。だから、自信持てって。おっさんもそう言ってたろ?」
「うん! ありがとう、ジタン!」
シズクの明るい笑顔を見て、ジタンはフッと静かに微笑んだ。
「(悩んでたのは力の事か……。そんな足手まといなんて悩む必要ないのにな……)」
シズクの力は今まで見たことがないぐらいレアなものだ。
だが、それでも魔物との戦闘も含めて、パーティの戦力にきちんとなっている。
それに……
「(たとえ戦えなくても、シズクがそこで笑っててくれるだけでオレは十分なんだけど……)」
惚れた弱み。
それがジタンの心の中にすとんと落ちると、急に頬が熱くなり彼女から顔を背けた。
シズクが笑顔を見せてくれれば、自分は力が湧いてくる。
それを自覚したのは一体いつだっただろうか。
ジタンは息を吐くと、突如自分の手に小さな手が重ねられた。
シズクだ。
「あ、ジタンの手あったかい。」
「………、はははは、ちょっと走ってきたからかなー…(自分の言葉に照れくさくなったなんて言えるか!)」
顔を逸らしたままジタンは、ぽつりと呟くと今度は大きく息を吐いた。
「よっし、そろそろ戻るか?」
「そうだね。暖炉が恋しいよ」
深呼吸と共に気持ちを落ち着かせてから問いかけると、シズクも意義無く頷く。
ぎゅっと握られた手はどちらからも外すことなく、宿へと身体を向けた。
繋がった手は、ゆっくりとお互いの身体を温め緊張を説いていく。
まるで熱に溶かされた氷のように。
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年末リクエスト けい様宛
この度は、リクエストして頂き有難うございました!
リクエストは冬をテーマとした切甘ということでしたが、
せ、切ないのか、甘いのか…中途半端になってしまってすみませんっ。
つたない作品ではございますが、此方をお送りしたく思います。
今後とも、サイトの方宜しくお願いします!
2016.1.12 乃々木ひゆ