帰路


目を覚ましたのは、静まりかえった家の中。
確か、ここは炭治郎の家のはず。なのに周囲には誰もいない。

「……、ここ……どこ……?」

鬼の気配は、ない。
当たり前だ。
だって、もう鬼はいないんだから。
無惨を倒して、もう鬼に泣く人はいなくなったんだから。

「善逸……? ねぇ、善逸……!」

身体を起こして、周囲を見渡す。
思わず彼の名を呼ぶ。だけど、聞こえてくるのは風の音だけ。
夕焼けが障子を突き抜けて、ただ赤く部屋を照らす。
誰も、いない。気配も、ない。

「っ……!」

突然、寒気を感じた。
なぜ、わたしは一人ココにいるのか。
どうして、周りに誰もいないのか。

「炭治郎! 伊之助っ、禰豆子ちゃんっ!」

みんなの名前を呼ぶ。だけど、返事はない。
わたしは焦りから家を飛び出した。

「はっ、はぁ……!」

夕涼みの風が頬を撫でる。
それは火照る身体を冷やそうとするけども、心臓が落ち着いてくれない。

家の周囲を走り、ただひたすら彼らを探す。

「……っ、ね、なん、で……いないの……?」

息を切らして立ち止まる。
こんなに気配がなかった日なんて今まであっただろうか。
もしや自分は都合の良い夢を見ていただけで、現実は無惨にみんな殺されて、残ったのは実はわたしだけ……。

「っ、そんな、こと、ない! 絶対にないっ!」

この手に残るぬくもりが、幻なはずがない。

「ねぇ、善逸……っ! どこ、にいるの……出てきてよ……っ」

声が裏返る。
涙が頬を伝う。
彼の、優しい声を思い出す。

「師匠が、死んだとき……、そばにいるって言ってくれたの、善逸じゃんかぁ……」

師が死んだことで、帰る場所がないと言ったわたしを、慰めてくれたのも善逸で。
泣きわめくわたしの背をずっと抱いてくれていた。
なのに、なぜその腕も、身体も、ここにないのか。

「やだ、やだよぉ……っ、ぜ、んいつ……、返事してよぉ……っ!」

子供のように泣き崩れる。
膝が、着物が、汚れるのも気にならない。
わたしはただその場で泣き続けた。
















「――――っ、鈴!」
「……!」

ハッと目を覚ますと、天井とわたしの間に彼の心配そうな顔があった。
元々下がり気味だった眉がさらに下がり、それこそ青ざめた様子でわたしの肩を掴んでいる。

「……、善逸……?」
「大丈夫? かなりうなされてたけど……」
「…………、うなされて……?」

善逸が手を離してくれて、わたしはゆっくりと身体を起こした。
頬がつるのを感じて指で触れると、冷たい何かを感じる。

ああ、泣いていたのか。眠りながら。

「……、夢か……」
「もう本当にびっくりしたんだよぉ? 鈴の身体の事もあるけど、お腹の子のこともあるしさ! 今日は朝から調子悪そうだったし、おかしな夢でも見た?」

わたしが起きたのを見て、善逸が心から安堵したというように胸に手を置いて息を吐いた。
昔と違って伸びた金色の髪が揺れるのを見て、わたしは袖で涙をぬぐい彼を見る。

「うん、みんな……いなくなっちゃった夢を見たの……」
「ひぇっ、何その怖い夢。やだよぉ、そんなの見たら俺泣いちゃう!」

わたしの夢の内容を聞いて、まるで我が事のように善逸は身を仰け反らせた。
それから腕を伸ばし、今度はわたしの身体を自分の身体に寄せるように抱きしめる。

「心配しなくても、俺はずっとここにいるよ。だって約束したじゃん。俺が鈴を支えるって。そ、そりゃあ、今でも泣き言も言いますけどねっ! 昔よりかは頼れるようになったはずだよ! もう二児の父だしっ!」

わたしの耳元で自慢げに言う彼の言葉に、思わず頬を緩める。
さっきまで強張っていた身体から力が抜けて、善逸の方へと身体を預けた。

この家は、鬼との戦いが終わった後に彼と住む為に建てた家。
そしてこの家は、帰る場所がなかったわたしと善逸の【帰る場所】。
近くには炭治郎達もいて、たまに集まっては家族ぐるみでご飯を食べたり、遊んだり、話をしたり。
そんな優しい時間を過ごしてきた。
だからこそ、なのかな。
今では考えられないくらいの戦いを、まだ身体が覚えている。
頭が、当時の恐怖を思い出そうとしている。

「ねぇ、善逸……」
「ん?」
「わたし、今がすごく幸せすぎて怖くなったのかもしれない」
「あー……、なるほどね」

わたしの問いかけに、善逸はしばし宙を見上げてから頷いた。

「それは俺も同じかも。あの時のことは、やっぱり忘れられないもん。じいちゃんのことも獪岳のことも、亡くなった柱の人達のことも、一緒にご飯食べた人たちのことも、俺達が助けられなかった人のことも……」

そう言うと、善逸がわたしを抱きしめる腕に力を込める。
思い出して、辛くなったのを耐えるように、ぎゅっと……。

「だけど、だからこそ俺達は幸せにならなきゃいけないと思う。怖いことは忘れたいけど、忘れちゃいけないことだってあるんだから。あ、でも……――」

ふいに言葉を切って、善逸はわたしの顔を覗き込んで、真っ直ぐに目を見てくる。
琥珀色の瞳に真っ直ぐ見つめられると、ちょっと照れくさい。

「今は俺を見て? そして俺のことだけ考えて?」
「どうして?」
「奥さんには俺のことだけを見ていて欲しいからですっ!」

はっきりとそう言われて、わたしはポカンと口を開く。
そして、じわじわと吹き上がってくる笑いが耐えられず、声をあげてしまった。

「……っ、ぷっ、あっはははは。ほんっとうに君は……」
「えー、そこって笑うとこじゃないよねぇ? 俺は本気なんですよ? 鈴さん」

不貞腐れる旦那様を見て、わたしはひとしきり笑った呼吸を整えるように息を吐いて微笑んだ。

「分かってるよ、ありがとう善逸くん。本当に、わたしは幸せ者だぁ……」

しみじみとそう呟いて、少し膨らみ始めた腹を撫でた。
突然の不安に見舞われたけど、こうして彼が元気づけてくれる。
それだけで、幸せだと感じられる。
そう、ここが……、わたしの【帰る場所】だから……。




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