秋の中頃
ああ、今日もすごく寒い。
真夜中は鬼を追いかけて走り回ってるからそんなに寒さも気にしなかったけど、
帰りとなればそれは更に冷えてくる。
朝日が上がり始め、少しずつ霧がかかってくるそんな帰り道で、わたしは炭治郎に会った。
「あ、おはよう。炭治郎」
「おはよう、鈴。今任務帰りか?」
「うん、もう本当に秋って感じだねぇ。炭治郎も身体の具合はどう?」
「もうすっかり良くなったよ!」
お互いの息が白く濁る中で、炭治郎は両腕をあげて元気である事を身体いっぱいで表現してくれた。
結構な怪我をしたと聞いたはずだけど、炭治郎は元気だ。
相変わらずの回復力である。
無邪気な彼と話をしていると心がほだされる。
わたしがニコニコと笑っていると、炭治郎の視線がそろりと下がった。
そしてそれはわたしの腰元で止まる。
「ところで……、鈴……、それ……重くないか?」
炭治郎が言う『ソレ』にわたしは思わず顔を引きつらせた。
そして、『ソレ』はわたしの腰から顔を上げると、クワッと目を見開く。
「『ソレ』って言うなソレって! せめて人間扱いしてよぉっ! 酷いぜ炭治郎!」
「人間扱いして欲しいなら鈴の腰にしがみつくのはやめろ、善逸。女性に失礼だぞ」
『ソレ』もとい善逸が抗議の声を上げれば、炭治郎は大きくため息をついて自分の両腰に手をついた。
「さっき会ったんだけどさ、善逸かなり寒かったらしくてそこからずっとコレ。最初は肩にしがみついてたんだけど、わたしも早く帰りたいし歩き出したらそこからズルズルと……」
「最終的には引きずられる感じになったわけか……」
お互いにしんみりと話をすると、善逸がガンッと落ち込み始めた。
「何よ何よっ! 二人してっ! めちゃくちゃ高い山に、俺は一晩二晩いたんだからな!?なんで高尾山に鬼なんて出るのよっ!? しかもなんで俺なのぉおおっ! 広いし寒いし怖いし今度こそ死ぬかと思ったっ! 鬼を見つけたら見つけたで、また気絶しちゃうしさっ! でも、寝てる間に誰かが鬼を倒してくれたわけで、こうやって生きて帰って来れたわけですけどねっ! 鈴ちゃん見かけて飛びついてもおかしくないよねっ! 褒めろよ炭治郎っ! 褒めてよ鈴っ!」
「「…………」」
「そんな目で見ないでよぉおっ! なんとか言ってよぉおおっ!!」
思わず言葉をなくしてしまった。
そのせいで可哀想なものを見るような目になってしまったのは仕方が無い。
寝てる間に……、倒したのは善逸で間違いないとは思うけど、本当にどうしようもない。
鬼を倒してここまで走ってきたのだろう。
再会したばかりの善逸は息が絶え絶えになりながらわたしに飛びついてきたのだから。
「まぁ、今日は極端に冷えるから仕方ないかなぁって」
「そうか。無理はしちゃ駄目だぞ?」
「うん、ありがとう炭治郎」
「ええっ、俺、鈴に無理させてた!? ごめんなさいねぇっ!」
今の今までわたしの腰にしがみついておいて今頃気付くの、善逸くん。
おろろんと涙を流し始める彼に、わたしは息を吐いた。
「善逸、せめて手を繋いでいこ。で、帰ったら甘酒作ってあげるから」
「ほんと……? 俺のこと見捨てない……? いっぱい褒めてくれる?」
「はいはい、ちゃんと褒めてあげますよ。だから、とにかく今は帰ろうね?」
甘えたな子供に言い聞かすようにわたしは善逸に手を伸ばす。
すると善逸もそろそろと漸く手を伸ばしてきた。
その手は今の今までわたしの腰に回されていたもので、強引に引きずってきたからか手の平は血色が悪く冷たくなっていた。
わたしはその手をしっかりと握ると善逸がほぅっと息を吐いた。
「どうしたの?」
「え、あ。ううん、なんでもない。鈴の手は温かいなぁ……」
しみじみと語る彼の言葉に今度はこっちの熱が上がってきそうになる。
寒いからちょうどいいんだけど、それはそれこれはこれ。
わたしは顔の熱を悟られないように、そっと顔を伏せてゆっくりと歩き出した。
秋も中頃。まだまだ寒さは厳しくなるある朝のことであった。