柱 後編


煉獄が、死んだ。
烏が、俺のところに飛んできて、そう告げた。

あの、煉獄が、死んだ。

「……、嘘だろ。おい……」

思わずよろめいて頭を抱えてしまった。

信じたくない。信じられるはずがない。

『ではこうしよう、万が一俺が死んだら柱に戻れ! お前が後釜なら俺も安心だ!』

そう言っていた煉獄の笑顔が目の前に浮かぶ。
嘘だって叫びたかった。
冗談じゃ無いって叫びたかった。

「だから、縁起でもねぇこと言うなって言ったんだ! 俺は……っ!」

くしゃりと己の髪を握りしめる。

まただ。また上弦だ。
カナエも煉獄も、上弦に殺された。




また

上弦なんだ。





「くっそ……っ、くそぉおおっ!!!」




自然と、悔し涙が頬を伝う。
俺は、久しぶりに涙を流した。






自然と足が蝶屋敷に向かう。
すると、そこには買い物帰りのしのぶがいた。

近くには継子である少女の姿。

俺の姿を見て、すぐにしのぶが俺に気付いた。
その大きな瞳をさらに大きくして、それから彼女に先に入るように促す。

そして静かに歩み寄る。

「狂舞さん……、どうしたんです? どこか怪我でもしたんですか……?」
「………、しのぶ……」

優しいその声はカナエを思い出す。
妹である彼女にその姿を重ねるわけにはいかないのに、それでも縋りたくなる。



カナエに、会いたい。

カナエに、会いたい。



「義兄さん?」


しのぶがそう呼ぶのと同時に、俺は我に返った。
そうだ。ここに来たのは彼女に甘えるためにきたんじゃないんだ。

「……、煉獄のことは聞いた、か?」
「……、ええ。残念ですが……」

綺麗な眉を寄せて、彼女はぽつりと呟く。

なんだかんだでしのぶは優しい。
その胸を痛めているのは間違いない。


『柱といえど永遠と無事とは限らない。後輩の盾となって死ねるなら本望』


そう煉獄は言っていた。

このまま柱を続ければ、彼女ももしかしたら誰かの盾となって死ぬのだろうか。
いや、大丈夫だ。しのぶはきっと……
俺と同じで、カナエの仇を討つまでは死なな……い……


そう思うと胸が張り裂けそうだ。
カナエの願いを叶えて、なんとしてでも鬼殺隊をやめさせたい。
だけど、しのぶの想いも痛いほどに分かってる。

ふとしのぶの細い指が俺の手に触れた。

無意識に強く握りしめていた所為で、爪が手の平に刺さり血が流れている。

「……、心配しなくても私はまだ死にませんよ。だから、安心してください」

共に、仇を討つと決めた。
共に、命をかけると約束した。

俺はしのぶの手に包まれた拳を見下ろした。

風が吹くと、彼女の方から藤の花の匂いがする。
その身体は、髪の先からつま先まで藤の花の毒に犯されている。

取り返しがもう、つかないくらいに。

「ほら、早く帰らないと鈴が帰ってきますよ。隠の人たちの話では、鈴はかすり傷だけみたいなので、直接家に帰るでしょう」
「………、っ! 無事、なのか?」

今、漸く思い出した。
そうだ、煉獄と共に行かせていたのは、自分の継子だ。

煉獄が殺されるくらいの鬼と相まみえていたアイツは、無事だった。
無事、だったんだ……。

しのぶが静かに首を縦に振るのに、俺は膝をついた。
限界だった。
崩れ落ちるような俺の身体をしのぶが両腕で支える。

「う、ぁ……ぁあああ……っ!!」

良かった、良かった。
本当に、無事で良かった。

だが、それと同時に後悔も生まれる。
継子ではなく、自分がアイツと一緒に任務に行っていったら煉獄は死なずに済んだのではないかと。

後悔なんて、後からいくらでも沸いてくる。

いくらでも。
際限なく。

そして、己の薄情さに腹が立つ。
友の死を前にして、己のことしか考えていなかった。
上弦の参と出くわしたならば、かなりの恐怖にさいなまれたはずだ。


俺はひとしきりしのぶの腕の中で泣いて、それから家へと戻る。


帰ってきた鈴とどうやら同じ時間となったようだ。

俺の姿を見つけた鈴の姿は、血と泥で汚れていた。
その姿を見ただけで、かなり苦戦したのが分かる。

疲弊しきった彼女の頬は涙で濡れていた。
煉獄が死んだのを目の前で、実際に見たんだ。

「………、鈴。来い」
「……っ、師匠。ししょう…ぅうううっ!」

俺が片腕を伸ばすと、鈴は駆け寄ってきてその腕に縋り付いた。
そして、嗚咽をこぼすように泣き始めた。

ここまで泣く姿を見るのは久しぶりだと思いつつ、俺は優しく頭を撫でてやる。

「わた、しっ……! 煉獄さんに、何も、出来なかっ……っ! 煉獄、さ、いっぱい、助け、てくれたのに……っ! 何も、何も……っ!」
「ああ、ああ……」

たくさんの後悔を鈴もしている。
俺だけじゃない。深い傷を負ったのは、共に行った鈴もあいつらも同じのようで。

ただ泣きじゃくる鈴の背を撫で続けた。




























「高彰。柱に、戻ってくれるんだね?」


お館様に呼ばれたのはそれから数日後のことだった。

予感はしていた。
あの日の飲み会の話は、どうやらただの冗談ではなかったようで。

煉獄は遺書に『後釜を狂舞に』と書き留めていたようだ。

俺は頭を垂らしながら、ゆっくりと息を吸う。

「……お館様。俺は、俺の為に、柱をやめました。カナエの仇を探すために、自由が必要で。しかし、……煉獄の最後の願いを受け入れたのも俺です」


そうだ。

上弦の弐を殺すためだけに、柱をやめた。
私情を優先するために、俺は柱をやめた。

だが、煉獄は情報を集めるならば柱なんて関係ないと言っていた。


「……、舞柱・狂舞高彰。謹んでその役、お受けいたします」


煉獄の願いを受け入れる。
俺は、これから柱という立場を利用して、上弦の弐を探す。

それが例え誰に言われようとも、それを覆すことは出来ない。






俺は、俺の私情を優先の上、柱となる。












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