幸せが壊れるのはいつだって

舞が終わり、人々も神社から散っていく。着替えを終えて部屋から出てきたときには、もうかなりの時間が経っていた。戸を開いて廊下に出ると、そこでは身体を小さくして待っていてくれた大和の姿。眠っているのか膝を抱えて座り込んでいる様子に、わたしは思わず小さく笑った。腰を屈めて彼の肩をそっと揺らすと、その瞳がゆっくりと開いた。

「あれ……? 姉上……、着替え終わられたんですね……?」
「うん、こんなところで寝てると風邪ひくよ?」
「でも、少しでも姉上と一緒にいたかったから……」

 肩に触れていたわたしの手を取ると、大和はそれを掴み頬を摺り寄せる。可愛らしい仕草は昔から変わっておらず、わたしの頬は自然と緩んだ。応えるように彼の頬をくすぐるように撫でてやると、大和も瞳細めて自然と笑顔を見せる。そして立ち上がると、わたしの隣へと並んだ。

「ね、姉上。僕、姉上に見せたいものがあるんです。一緒に行きませんか?」
「こんな時間から? 危ないよ、頻繁してる神隠しだってあるんだから……」

 わたしの手を握ったまま大和が明るく問いかけるのを、わたしは苦笑をこぼして首を横に振った。例え男だろうが、この神隠しが鬼である以上は心配である。弟には自分が鬼狩りであることは説明していない。心配をかけたくないし、何より大和にはここで平和に暮らしてほしかった。
 言い聞かせるわたしの言葉に、弟は不満げに瞳を伏せた。

「大丈夫なのに……」
「わがまま言わないの。宮司さんも心配するでしょ? また今度一緒に行くから。それにね、今日はお迎えが来てるから……」
「……、迎えって……、姉上の好きな人……?」

 ふと弟がぴくりと肩を揺らした。図星をつかれると、わたしの頬は赤くなる。他人に指摘されると本当に照れくさい。わたしが言葉に悩んでいると、大和は玄関の方へと向かって歩き出した。あわててわたしがそれについていくと、大和は肩越しににっこりと笑ってくる。

「せめて神社の外まで送らせてもらいますね。姉上一人では心配ですから」

 まるでこちらが子供のように彼は優しく笑った。ただその笑顔がどこか冷たく見えて、わたしの背筋が僅かに凍る。わたしの好きな人に対して妬いているだけ……。そう思いながら、わたしは違和感を胸の内へとかくして、弟と共に本殿を出る。

 外に出れば、月はもう頭上に上がっていた。神楽舞を踊ってからかなりの時間が経っているのだろう。神楽殿の周りには人はもうおらず、石畳をわたしのブーツの底が叩く音と、弟の草履の擦れる音だけがやけに響いた。

「姉上、僕……ずっと、会いたかったんです。あの日からずっと……」

 大和がぽつりと呟くのが聞こえて、わたしは彼の横顔に視線を向けた。月明かりがその青白い顔をただ照らし出し、昼間見ていた弟の顔とは随分と大人びて見えた。

「大和……?」
「姉上は、血のつながらない僕を本当の弟として見てくれてた。僕だって、ずっと本当の姉のように想っていた」

大和が足を止めるのに、わたしも同じように足を止めた。薄い笑顔をその顔に浮かべて、こちらを見てくるその瞳に思わず吸い込まれそうだ。寒くなる季節にはまだ早いというのに身体を冷たいものが支配する。

「でも、……違ったんです。あの日から、貴女は……―」
「鈴!」

突如声が聞こえ、わたしは弾かれたように声が聞こえた方へ顔を向けた。そこには炭治郎と善逸くんがいて、無意識にホッとした。
 炭治郎も迎えに来てくれていたのかと思いながら、自然と足を向けて駆けよる。

「善逸くん、炭治郎! 二人とも来てたんだね。あのね、紹介した……―」
「鈴ちゃん、下がってて」

 近寄って分かった。二人の顔が強張っていることに。青ざめた顔の善逸くんが駆け寄るわたしの手を掴むと自分の後ろへと追いやる。そして、それを炭治郎が腕を制して前に出た。わたしと、大和の間へ……。そして……

「彼は、鬼だ」

 炭治郎の低い呟きが聞こえた瞬間、その場を突風が吹き荒れた。
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