和解と苦しみ



女王の間に戻るとオレはソファーにシズクを寝かせた。
土気色の顔色は変わらず、冷えた身体は氷のようだ。


「オレが…ちゃんと連れていってやれば、こんなふうにはさせなかったのに…。ごめんな、シズク…」


シズクの髪を優しく撫でてやれば、なんの反応も無いその様子には不安しかなく、先ほどまで動いていたのがまるで嘘のようだった。
ダガーが代わりに少しでもとケアルをかけてくれているがシズクの顔色は変わらない。


「おぬし、どうした? いつものおぬしらしくないではないか?以前なら、こういう時は自分に食い掛かってきたではないか?」

「違うんだ!!」


スタイナーのおっさんの声に、オレは溜まらなくなって声を荒げた。

爪が食い込むくらいに強く拳を握りしめて、オレは震える唇で言葉を続ける。


「今まで生きてきて、初めて分かったよ。怒りや憎しみが限界を超えると、感情がわき起こらなくなるってことをな!! 涙さえ流れやしない……」

「ジタン……」


おっさんの切なげな声が聞こえる。
でも、本当の事だ。
自分の不甲斐無さだけが許せず、一人耐えていたシズクの為に泣いてやることも出来ない。

シズクの涙の源が、魔力の塊だとクジャは言っていた。

こいつの怪我の具合からして、涙を流すために拷問にかけたのは安易に想像がつく。

ただでさえ元の世界で辛い思いばかりをしてきたこいつに、この世界でも同じような思いをさせてしまった。

それも最悪の形で……

オレはダガーがケアルをかけているのを、ただ黙って眺めていた。
すると、



「いたでおじゃるよ!」

「いたでごじゃる!」


先ほど自分達の攻撃から逃げ去って行ったゾーンとソーンが誰かを連れて戻ってきた。

くそ、こっちは病み上がりのダガーとまだ意識が戻らないシズクがいるというのに…!

俺が焦りを感じているとこのピエロたちが連れてきたのは、先日オレ達を先頭不能に追いやったベアトリクスだった。
後ろ髪を軽くかきあげながらゆったりとした足取りで部屋に入ってきては、その瞳を細める。


「お久しぶりですね、スタイナー。今までどこへ行っていたのですか? まさか、このようなケダモノたちと遊んでいたわけじゃないでしょうね?」

「なんだとっ! ケダモノはいったいどっちだと思ってるんだ!!」


シズクをこんなボロボロになるまで痛めつけた輩に言われたくないと怒鳴り返せば、ダガーが慌てて間に入ってきた。


「待って、ジタン!」

「ガーネット様!?」

「おねがい、ベアトリクス。話を聞いてください。」


まさか自国の姫がいるとは思っていなかったのか、ベアトリクスは細めていた目を大きく見開く。
ダガーが両手を胸のところで組み合わせると、真っ直ぐにベアトリクスを見ては訴えかけるように事情を説明した。


**


「やはり…ブラネ様はガーネット様の命を取ろうとしておられたのですね…」


ダガーから事情を聞けば、ベアトリクスはゆっくりとその視線を伏せていく。

だが、その一言にスタイナーが憤慨し鎧を鳴らした。


「なんだと〜〜〜っ! ブラネ様がそのようなことをするはずが…ッ!」

「スタイナー、もはや答えはひとつしかないようです……。長い間の迷いが解けました。やはり私は…間違っていたのです…」

「この姉ちゃんの言う事に同意するのはシャクだけど、その通りだぜ、スタイナーのおっさん!」


ブラネが前からダガーに危害を加えようとしていたのは明らかだ。
それが明白になっただけだとおっさんに言い聞かしていると、ベアトリクスがフライヤに向き直った。


「ブルメシアの民よ…、私は許されない過ちを犯してしまっていたようです…」

「当たり前じゃ! 私はそなたを簡単に許すことはできぬ!! じゃが、いまはシズク殿を助けてやりたいと思う…」

「フライヤ……」


ほんの僅かしか関わらなかったが、フライヤがシズクを気遣ってくれている。
自分の事でさえ大きな問題を抱えているはずなのに、こいつはほんと…大人の女だ。

オレのかけた声に、フライヤは小さく頷いては再びベアトリクスに顔を向けた。


「そなたの力は私も認めよう。そなたの力であの娘を助けてやることは出来ぬのか?」

「お願いします、ベアトリクス…。シズクは私を命がけで助けてくれました。だから……」

「……私の力でどこまでできるかは分かりません。ですが、出来る限りの事はやってみましょう!」


ダガーとフライヤの頼み。
ベアトリクスは大きく頷いては、シズクの眠るソファーの横に片膝をついた。








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