お姫様誘拐大作戦
わたしの発言した『おうじさま』の意味が『王子様』であるのを知ったのは、あれからすぐの事。
ジタンが必死に説明を繰り返し、漸く納得した時のわたしの顔は真っ赤に染まっていた。
おかしいなぁ…、ルビィさんから『カッコイイ』は『おうじさま』っていう言葉だって聞いたのに…
もしかして、からかわれたんだろうか…
地味にショックを受けるわたしに、ジタンは頭を撫でて気にするなと静かに言ってくれた。
ジタンは本当に優しい…
森の中で現れたあの異形の生物。
あれは、きっとわたしの世界には存在しない生き物。
そして、それから守るように現れたジタンの姿。
さらさらの金の髪、意志の強さを表したまっすぐな青い瞳。
そして、揺れ動くしっぽ。
…普通の人は、しっぽなんてついてない。
けれども、この船に乗っている人たちを見てわたしは理解した。
言葉が通じないだけじゃない、
ここは地球上のどこにも存在しない、『異世界』というものなんだと…
そんな見ず知らずのわたしを助けてくれたジタン。
目が覚めて言葉が通じなくて驚いただろう。
それでもジタンは嫌な顔一つせず、ジェスチャーで会話をしようと試みてくれた。
後は、流石に男と女ということもあってか、細かい世話はルビィさんにお願いしてくれたみたい。
そういう紳士的な男の人に会ったのは初めてで、最初は緊張もあったけど、うまく「有難う」だけでも伝えられたのは良かったかな…?
借りている部屋でかすかに聞こえるお芝居のセリフを耳にしながら、わたしは思った。
――アレクサンドリアの姫の誘拐。
それがこの劇団タンタラス…ううん、盗賊団タンタラスの真の目的だった。
それの途中で寄った森で、ジタンはわたしを見つけたのだという。
今、ジタンとブランクはお芝居の途中で城に忍び込み、今頃ガーネット姫を誘拐しているころだろう。
無理、してなきゃいいんだけど……
まだ短い期間とはいえ、タンタラスの人たちはわたしに良くしてくれた。
本当に盗賊団なんだろうかと思うくらいに、みんないい人だった。
だからこそ、怪我とかなく無事に目的を果たしてほしい。
けして『誘拐』というものが、世間的に犯罪に部類するものだったとしても、彼らが利益目的の犯罪を犯すだろうか?
何か理由があるんじゃ…
そう思ってしまうが、やはり考えがまとまらない。
少し言葉が通じるとはいえ、本当にジタン達が話をしている意味が同じ意味なのか正解がない。
「…早く、帰ってこないかな…」
ふと寂しさを感じてしまう。
この世界で初めて会ったのがジタンで、助けてくれたのもジタン。
まるで雛が初めて見たものを親と勘違いするかのように、ジタンの姿が無いと落ち着かない自分にため息をつく。
異性には…、あんなに嫌な思いしてきたのに…
自分を勝手に恋人と呼び、好き勝手してきた男の事を思い出すと怒りで拳を握りしめた。
「だめ、あんな男の事思い出しても仕方ないでしょ!」
自分に叱咤して拳を開く。
そして、ちらっと扉へと視線を向けると自然と足が動いた。
「廊下からなら、もう少し声も聞こえるかな…?」
物語も佳境に進む頃だろう。
せめて姿だけでも見える場所に出れないだろうか?
ゆっくりとドアを開けて廊下を進み、貨物室へと入る。
劇場はこの真上だから、機関室まで行けばさいあく声だけでもよく聞こえるだろうと出てきた扉を後ろ手で閉めようとした。
『ルビィ! 細かい話は後だ!!』
『あのコは誰やのん?』
「――ジタン…?」
ふと他の扉の奥からジタンとルビィが言い争う声が聞こえる。
だがその扉から入ってきたのは、白いフードを被った女の子だった。
「っ!!」
「あ……」
女の子はわたしに気付くと、すかさずわたしの後ろへと隠れる。
一体何事だろうかと肩越しに振り返ってみると、女の子の顔が少し見えた。
わたしとは似ても似つかぬつややかな黒色の髪。
大きな黒の瞳は長いまつ毛に縁どられ、肌は白く、きめ細かい。
そして、ピンクの可愛らしい唇…
女であれば誰しも嫉妬してしまうくらいに綺麗な子。
それだけを見て、ボスの言葉を思い出す。
――アレクサンドリアはじまって以来の美姫、ガーネット姫
「ガーネット…姫、さま?」
「え?」
「――ふぅ、やっと観念してくれたようだな。」
わたしの問いかけに女の子が瞬きをしている間に、ジタンの声が聞こえてわたしは顔を戻す。
どうやら女の子を追いかけてきたようで、疲労は感じさせないまでも、そのさらさらした金の髪がやや乱れていた。
「ジタン、この子……」
「あなた達…、もしかして、この劇場艇の方かしら?」
ジタンに状況を聞こうと口を開いたが、途中で女の子から発せられた声でわたしの声はかき消えた。
「達」ということは、わたしも含まれてるのかな?
ジタンも目を合わせると、こくりと頷く。
すると、女の子はどうやらホッとしたようにわたしの後ろから出ていた。
「ご存知かもしれないのですけど…。実は…。わたくしはアレクサンドリア王女、ガーネット=ティル=アレクサンドロスなのです。
あなた達を見込んでお願いがあります。いますぐ、わたくしを誘拐してくださらないかしら?」
え…?
『誘拐された』んじゃないの?
『誘拐された』から、ここにいるんじゃ…。
やっぱりわたしの理解した言語は間違っていたのだろうかと、今までの会話内容をぐるぐると思い出していたが、ジタンの戸惑う声で不安も消える。
「な、なんだって!?それじゃ、あべこべ……」
そう、盗賊団は姫を『誘拐する』はずが、姫は『誘拐して』とお願いしてきた。
一体何があったんだろ…
不思議そうに姫とジタンを交互に見ていると、さらにまた別の声が聞こえてくる。
「姫さま〜っ、こちらですか〜っ!?」
「はっ、追手がきたようです!」
「追って…?」
「なんだかワケありのようだな? よしっ! ここはひとつオレに任せな!」
「ありがとう、恩に着ます。」
状況が全く把握してないわたしを置いて、ジタンと姫さまはとんとんと話を進めていく。
だ、だって早口で聞き取れないし、知らない単語もいっぱい出てくるしっ…!
「なにをモタモタしてるずら! はやくこっちに来るずら!!」
「「きゃっ!!」」
混乱するわたしの後ろのドアからいきなりシナが現れて、思わずガーネット姫と一緒に悲鳴を上げてしまった。
「ガーネット姫ならともかく、シズクまで悲鳴を上げるなんてどういうことずら!?」
「仕方ないだろ、シナ。そのツラじゃあガーネット姫もシズクも驚くのも無理はないぜ。」
「なんだと! これでも毎朝、キチンと手入れしているずら!」
「ご、ごめんっ。シナ! いきなり、ドア、開く、驚いた…」
ガーネット姫にどうやらシナが仲間だと説明してるジタンの声を背後に、先にわたしはシナに謝った。
悲鳴を上げたことに怒っているのはすぐ分かった。
片言でもしっかりと謝罪すると、シナは納得したようでホッと息をつく。
「それは、すまなかったずら。」
「わたくしも、驚いたりして大変申し訳ありませんでした。」
わたしの謝罪に続いて、姫さまも頭を下げた。
それにシナが少しばかり頬を赤くしているのを、わたしは見逃さずシナをじーっと見る。
すると、シナもわたしの視線に気づいたのかゴホンと咳払いをして、ドアの横に立つ。
「とにかく、こっちずら! 早く!」
先に姫さまが飛び入ると、それに続いてジタンも追おうとした。
でも、状況が読めないわたしは、どうしたらいいのか分からずおろおろと立ち止まっていると、ジタンが立ち止まりわたしの手を引っ張る。
「ほら! シズクも行くぞ! 捕まっちまう!」
自分のよりも大きなジタンの手。
それに不謹慎ながらも胸がなるが、わたしはジタンに引っ張られるように走り出した。