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なんてこった。
俺は想いを寄せてる子を抱き締めている。
こんなことあってもいいのだろうか。
しかし、幻聴じゃなければ確かに名前ちゃんから好きと聞いたはず。
それで我慢できずに抱き締めたのだ。
細いのに柔らかくて、ずっとこうしてたいって思った。
あれ…。本当は幻聴では?そして俺はセクハラを働いてるのではないのか。
バッと体を離すと名前ちゃんは、きょとんとした表情で俺のことを見つめている。
あ、本当に幻聴だったんだ。
「ご、ごめん、名前ちゃん。俺…」
「好きなんです」
「そう、セクハラだよな。ごめん、って、え?」
「好き、好きなの」
どうやら聞き間違いじゃないらしい。
夢、みたいだ。
俺はずっと名前ちゃんのことが好きだったから、俺のことを好きになってくれるのは勿論嬉しい。
しかし、俺の方が名前ちゃんのことが好きなのだ。それは絶対に変わらない。
「名前ちゃん、聞いて」
「う、ん」
「俺も名前ちゃんのこと好きだよ」
頬に手を添えて、コツンと名前ちゃんの額に自分の額をくっつける。
「ち、ちがうよ」
「………え?」
いきなり否定されて動揺してる。
好きなのが違うのか?え、この子は何言ってるの?
「(ひゃあああ!か、顔近い!そして私がどれだけ駿貴君を好きか全然伝わってない!)あのね、好きなの!大好きなの!」
「(好きの最上級…!)うん、俺も好きだよ?」
「(どうやったら伝わるのー!)違う!私の方が好きなの!」
さっきから名前ちゃんから好きだと言われて喜んでいる自分がいる。
ただ、名前ちゃんのほうが俺のことを好きだと言っているが、俺の方が好きなんだ。それは変えられない事実。
「俺の方が絶対に好きだね!ずっと名前ちゃんのこと追っかけてたのよ?」
「違う!私も追っかけてたの!」
「……ん?」
どうやら何か繋がらない。そういえば名前ちゃんは俺のことずっと好きだったって言ってたな。
え?ちょ、もしかして、
「ずっと前から、俺のこと知ってたの…?」
名前ちゃんは、ブンブンと縦に頭を振る。
「じゃあ、初めて会った日、俺にビラを配ったのも、」
「そう!駿貴君だって知って渡したの!」
待って待って。この子は東大生で、俺も東大生(院生だけど)で、俺のこと知ってて、
「動画、見てたってこと?」
「そ、そうだよ!」
もう、恥ずかしすぎて穴に隠れたい。あのベンチの下でも良い。とにかく隠れたい。
名前ちゃんは俺のこと知らないフリしてたんだ。それはその時アイドルだったから仕方ないことで。
本当はもっと早くから両想いだったと知ってたら、もっと早くに告白してたのに。
「駿貴君、顔真っ赤」
「そりゃなるでしょ。俺、好きな子に好き好き言われてんのよ?照れるわ、普通」
深く深呼吸して、名前ちゃんの両肩に手を添える。
「名前ちゃんが、好きだよ。俺と付き合ってください」
名前ちゃんは、お願いしますとふにゃぁってした笑顔で答えた。俺はこの笑顔に本当に弱い。
だから、我慢できなくて唇を重ねてしまうんだ。