僕だけの指先
僕の彼女の名前ちゃんはすごくお菓子作りが上手だ。
お店に売ってるような、綺麗で可愛くて甘くて美味しいお菓子をいつも僕のために作ってくれる。
今日は僕がリクエストしたシフォンケーキを焼いてくれることになっている。
一緒に3時のデザートに食べようね、なんて笑って約束したのだ。
楽しみにしながら彼女の出社を待っていた。
「おはようございます〜」
オフィスのドアが開いた。名前ちゃんだ。
「おはよう、今日も可愛いね」と挨拶すると頬を赤くする。
本当に可愛いなぁ。
「名前さん、おはようございます」
「こうちゃん、おはよう!」
椅子に腰掛けてパソコンを操作したこうちゃんが顔をあげて挨拶する。
普通の会話なのに少し妬いてしまう僕は心が狭いんだろうか。
そんなことを思ってると名前ちゃんが衝撃的なことを言った。
「こうちゃん、リクエストしてくれたガトーショコラ作ったよ」
「わぁー!ありがとうございますー!楽しみにしてたんですよ!」
「ちょっと待って!僕のシフォンケーキは!?」
「ごめんね、ガトーショコラ作ったら力尽きちゃった。ガトーショコラ余ってるからそれ食べよ」
確かに名前ちゃんの作るガトーショコラは美味しいけど、僕はしっとりでほろ苦いケーキじゃなくて、ふわふわの甘いシフォンケーキが食べたかった。
でも、そうじゃない。
「名前ちゃんは、僕よりこうちゃんのこと優先したの…?」
「えっ、そうじゃないよ。いつも作ってるから今日は良いかなって」
「僕との約束はそんなものだったの?僕なんてどうでもいい?」
「山本君、ちがうよ。どうでも良くないよ」
名前ちゃんはいつも僕のこと「よしくん」って呼んでくれるのに、苗字で呼ぶ。
今はそれさえも嫌で、つい思ってもないことを言ってしまった。
「もう知らない!名前ちゃんのバカ!もう口聞かない!」
「待って!」という声も無視して僕は外に出る。
外に出ると明らかに遅刻してきた伊沢さんとぶつかった。
「山本!?」と呼ばれるが、それも無視して歩いてく。
正直ショックだった。僕は名前ちゃんしか見えてないのに、名前ちゃんは僕以外も見てた。
いつの間にか公園に辿り着くと、白いベンチに座る。
雲ひとつない青空を見上げて、これからどうしようかな、なんて考えると、「よしくん!」と遠くから声が聞こえた。
すると、パタパタと名前ちゃんが息を切らしながら僕のもとにやってきた。
「名前ちゃん…?」
「よしくん、ごめんね。私、シフォンケーキ、約束したのに」
そうだよ。君が悪いんだよ。
「明日になっちゃうけど、ちゃんと作るから…!」
明日なんて遅いよ。僕はもう待てない。
「名前ちゃん」
僕は名前ちゃんの手を掴み、僕の口元に持ってくる。
その指先を口に含む。
「……っ、よし、くん」
「僕ね、甘いものが好きなんだ」
ペロリと人差し指を舐め上げる。
「だから、名前ちゃんを食べさせて」
じゅ、と、吸い上げたら名前ちゃんは声をあげた。
君の指先は僕だけのものだよ。