赤く染まる


時にはやってられない時だってある。

普段は優しい同僚に恵まれてて、やりがいある仕事だ。
最初の頃と比べ物にならないくらい成長したと評価もされている。
それでもやってられないと、バーのカウンターでサングリア飲むのはあのCEOのせいだ。


「もう!なんで放っておいてくれないのかな!」

「好きだからじゃないかな」

隣にいる福良さんがあっさりそんなことを言う。
本当に飲みに付き合ってくれてありがたい。

「絶対からかってるだけ!じゃなきゃ、あんなみんなの前で抱きついたりしないでしょ!」


それは本日のお昼休み明けだった。
コーヒーが飲みたいと言った彼に、面倒だな、と思いながらも入れたら正面から抱きつかれたのだ。
周りの目が痛かった。とにかく痛かった。
川上は笑っていた。(楽しんでやがる…!)

これが1度だけであれば意識したりするのであろう。
しかし、頻度が多いのだ。そしてやたらと触ってくる。
頭を撫でられるのは日常茶飯事、最近で所構わず腰に手を回してくるのだ。
特に優しくされてる訳でもなければ言い寄ってくる訳でもない。どこかに誘われるわけでもない。
そう。私は確信したのだ。からかってるだけなんだと。


「って、聞いてますかー!こんなに真剣に悩んでるろにー」

「はいはい。呂律回ってないよ。迎え呼んだから帰ろうか」

「迎え?」


タクシーでも呼んだのだろうか。
まだまだ飲み足りないのに。


「名前」


それは聞き覚えのある声だった。
背中がぞわってした。


「な、なんで…」

「いいから帰るぞ」


手を引っ張られ、店の外に出ると強引に車の助手席に乗せられた。
発車しても伊沢は何も喋らない。沈黙が辛い。


「あ、あの、どうし」

「なんで福良さんと飲んでんの」


勇気を出して話しかけたら遮られた。
逆になんでそんなこと聞くの。どうしてそんなこと気にするの。


「私が誰と飲んでたって伊沢には関係ないでしょ」

「関係あるだろ」


横暴だ。
好きじゃないくせに。


「なんなの…!私のことからかってるだけなら、もう放っておいてよ!」

「はぁ?いつ誰がお前をからかったんだよ」

「ところ構わず触ってきたり抱きついたり!」

「……っ、好きな女が目の前にいたら我慢できるかよ!」


今、なんて言ったんだ。
好き?そんな訳ないよ。だって今まで何も言ってこなかったじゃん。
運転する伊沢を見ると、車内は暗いのに、顔が赤いのが分かる。


「じゃあ、なんで食事とか誘ってくれないの?好きとかも言ってこなかったじゃん」


伊沢は何も言わない。また沈黙。
酔ってるからか、いつも言えないようなこと言ってしまう。


「私待ってたんだよ、ずっと」


今この場で泣きそうになっているのはお酒を飲みすぎたせいだ。

そうだ、私はこの男が好きなんだ。
好きだからずっと言って欲しかった。


「……振られるの怖かったんだよ」


ぎりぎり聞き取れるくらいの大きさで。


「お前、俺の事なんてなんとも思ってねえじゃん。川上がスキンシップ取れば意識してくれるとか言うから、俺なりにアタックしてんのに、お前は福良さんと飲みに行くし」



掠れた声。思わずドキッとしてしまった。
私の住んでるマンションの前で車を止めた伊沢はこちらを向き、ジッと見つめてくる。
そして、私の頬に手を添えた。


「なぁ、期待してもいいのかよ」


なんて狡いんだ。
あのセクハラまがいのことに対して何も言わない理由も、この状況で頬が熱くなる理由も全部分かってた。

好き、なんだ。

本当は嬉しかったんだ。だけど何も言わない伊沢に対してモヤモヤしてた。

だから、自分からした触れるだけのキスは今までの仕返しだ。







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