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死なないの魔法

ねぇ、伊八、あなたは知っていますか。


死なないの魔法


戦争も徐々に激しさを増していき、島争奪戦が繰り広げられる卑劣な環境に、私たちは帝国軍の一兵器として派遣されることになりました。
米軍の攻撃を受けて、方位磁針も狂ってしまうほどに沈んだ戦友たちの眠る、そんな海へ。
日本の開戦当時の覇気がみるみるうちに不安へと色をかえていく中で、上司たちは自らの勝利を信じ、あるがままに指揮をとっていた。
そんな状況下では自らを勝利色に染めて戦場へと出ていく者がほとんどであったのですがー


「おー、U房。元気ー?」


戦場の海へ向かう前夜、伊八の目はすでにやつれてしまっていました。
上司からの圧力か、自分が自分にかけたプレッシャーか....。
彼の性格からして後者が匂いますが。


「伊八....緊張、してるですか」


伊八は細めていた目を緩めてゆっくりと私を睨むように見ました。
一瞬ぞくりともしたけど、今日は立ち下がりません。
今日はあるおまじないを、どうしても伊八にやってあげたいから。


「伊八、ちょっと、こっち」


私は伊八の細い手首を掴んで、誰も通らない通路に連れていきました。
引っ張るときに彼が力を入れて拒んでいるのはわかりましたが、私は強行突破しました。
私も伊八と同じ男です、力なら負けませんよ。


身長を利用して伊八を壁に押しやり、頬をなでながら、私は子供をあやすように続けました。


「怖い、ですか?」
「....おまえあほ?決まってるじゃん、怖いよ。死ぬんだよ、明日。さすがにもう笑えねぇお」


そんなこと言って口元はたしかに笑っていましたが、いつもと様子が違うのは明らかです。
正直出会った当初は死をも見方につけ、何事にも動じない鋼の精神を持っている人に違いないと思っていましたが、彼と生活していくなかで、私は彼の本当の弱さを知りました。
だから、分かります。
伊八は何よりも、死ぬことを恐れます。だから怖いのです。こんなに小さくなって、子犬のように震えているー


「じゃあ、伊八、こっち、私をじっと見てください。」


だからとても怖がりなあなたに死なない魔法を。


私はそれから口をつぐんで、そっと伊八の顎を人差し指で支えながら、親指で血色の悪い乾いた唇をそっと撫でた。


「U房....」


伏せられていた目が、だんだんとこちらを向く。
ただ漆黒で、私のようにグレーがかって汚れのない綺麗な瞳。


「私はあなたに恋をしていました。小柄な体で、敵を圧倒するあなたはとても素敵でした。真面目に任務を遂行する姿は、まさに私の鏡でした。日本の素晴らしい文化も教えてくれたあなたは、私の教科書以上の存在でした。私はあなたが大好きです。今でもとっても好きです。」


私はそう囁いて、そっと彼にキスをしました。
ドイツで小さい頃、誰かに教えてもらったんです。


もしその人を失いたくないのなら、その人にあなたの気持ちを伝え、尊重の意を示しなさい。どれだけあなたがその人を愛しているのか、そっとキスをして、伝えるのですよ。


だから、お願い。


私はそっと唇を話して、震える瞳を見つめてから、そっと小さくて細い体を抱き締めた。


「伊八どうか無事で。」


帰ってきて。


ー大丈夫。だって、今、ちゃんと魔法をかけたから。死なないの魔法。


生きて帰ってくると信じて、私はゆっくりまぶたを閉じました。





End.





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