小説 | ナノ


Drown

太平洋東沖。第二次大戦の最中、U房と俺は味方の戦艦を援護するためにざわついた海中を潜水していた。
敵が見つかり次第、魚雷をいつでも喰らわせられるように、と、ぴりぴりした雰囲気が艦内を包む。
そして海に繰り出してから間もなく、その時はやってきた。


「......!伊八!レーダーが敵国の潜水艦を捕らえました!」
「!距離は!?」


U房の切羽詰まった声に艦内がどよめいて乗組員はそれぞれの位置につき、せわしく作業を始める。
しかし、次のU房が発した声で、艦内は氷結したように静まりかえった。


「.....0..」
「くそっ!下に潜ってやがったか!」


そう、レーダーが敵の存在を確認した時にはもう手遅れだった。
敵艦は俺たちの腹の下をずっと下を潜水していたらしい。
俺たちのレーダーは、それを捕らえることが出来なかったのだ。
背筋がぞくりと震える。
敵艦の中で口角を上げて笑う奴らの顔が目に見えるようだ。


 ─この馬鹿め、ってね



瞬間、ごぉん、と艦内にこもった低い音が響いたと同時にごっごっごっと大きく右に身体が傾いた。
魚雷が戦艦のわき腹に命中したようだ。
艦内は天皇万歳と口にする者と、もうダメだと泣き崩れる者とでどよめいた。
途端にいつも背中合わせだったはずの死が突然に前に立ちはだかって刃を向ける。
本当に恐ろしいことだ。
俺は武士魂をも忘れて死から目を逸らすようにU房を探した。
怖い。怖い。怖い。まだ、まだ死にたくない。
レーダーを凝視し、指示を続ける彼を人混みの中に見つけて本能のままにそこへ足を向ける。


しかし...惨劇は起きた。
今度は耳をつんざくような大きな音がして、艦内が大きく縦横に揺れたかと思うと、四方八方から金切り声が上がった。
衝撃で投げ出された身体が機械に叩きつけられる者、顔面に艦内のパイプが直撃する者─


「U房!!U房!」


はっとして俺も目の前にいた彼の安否を確認しようと顔を上げた途端。
"大量の水”に身体が投げ出された。
敵からの魚雷で潜水艦に穴が開いたらしく、そこから海水が勢いよく流れ込んできたのだ。
ばしゃばしゃと恐怖の音を立てて真っ黒い水が船内に入り込んでくる。
焦燥と恐れを振り払うようにふくらはぎまでくらいの水位の海水から顔を上げて傾いた戦艦の壁を支えにU房の姿を探す。
と、目の前に、いた。


串刺しになった、彼が。


パイプのような太い鉄棒で胸を一突きされて、壁に押さえつけられた彼が、頭をもたげてぐったりとしていた。
艦内に電池切れのような警報が鳴り響いて、乗組員が屍の前で自決を決め込む中、俺は夢中で彼に駆け寄った。
どんどん流れ込む海水を押し分けて、やっと彼のもとにたどり着いた時には、水位はすでに太股のあたりまで上がっていた。


「U房!しっかりしろ!U房!」


計り知れない焦燥にかられて、目を見開き、声を張り上げてU房の両頬に手を当てて自分の方に向ける。
彼は口から血を流し、ひゅう、ひゅうとか細く息をしていた。
目はうつろで、灰色の瞳が焦点を探している。


「U房!死ぬな!しっかりしろ!U房ぉおッッ!!!」


海水か涙かも分からない滴が顔中を流れる。
俺は腰まで浸りつつある海水には目もくれず、U房を必死でゆすった。


「...いは、ち。」


すると、焦点の定まらなかった彼の目がゆっくり閉じて、俺がしているのと同じように俺の輪郭を鮮やかな赤色が染みた指でなぞった。
冷たい赤が俺の頬を染める。


「い、はち..。もう、ダメみたい、です」


力なく笑ったU房。
俺は彼の言葉が聞こえなかったフりをして、彼を安全な場所に移そうと、U房を突き刺した鉄棒を壁から抜こうと試みた。
しかしそれは深く鉄の壁にのめり込んでいて一人の貧弱な力では抜けそうにない。


「うぅぅうっ...!ぅぁあああ!!」


そして、懇親の力を振り絞り、彼を解放してやろうとパイプを力いっぱい掴み引いたその瞬間。
伊八。
優しい声と共に、俺の手をそっとU房が止めた。
目を見開いて彼を見上げれば、彼は灰色の目で俺を包み込み、首を横に振った。


「もう、いいのです..。私たち、随分働きました...、終わったのです。神は私たちにゆっくり休みなさい、と...」
「...ッ」
「ねぇ、伊八。わたし...幸せ、でした。」


 ─伊八は、幸せ、でしたか?


彼は笑ったまま、優しい笑みを浮かべたまま、動かなくなった。
ウーリッヒ、ウーリッヒ!!
呼んでも帰ってこない返事は、紛れもない孤独を意味していた。  
酷く変だ。
孤独には慣れていたはずなのに。
俺の中から何かがすっぽりと抜けてしまったような、そんな気がして。
俺は冷たい海水に首まで浸かって、ただ呆然と彼の優しい笑顔を見つめていた。
笑ってんなよ..ばか...


電灯もほとんどがショートして、たまに雷のような火花が散ってその場を照らす。
どんどん海に飲まれていくU房を見つめて、俺は口元まできた海水に体を強ばらせて見送った。
息が出来なくなる。
体温が奪われて体がU房と同じように冷たくなっていく。


さよなら、さよなら、愛しの人。
 

俺はさいご、U房の体に抱きついて海水の中に消えた。   


彼と一緒に潜った海の中は、ずっと暖かかった。




end.

[ 目次 ]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -