ねぇ、こっちを向いて。
笑って。
『大好きだ』
なんて言葉はいらないから、ただ、笑ってよ。
それだけでいいから。
チュンチュン..
朝日が青色のカーテンの隙間から溢れて、俺の腕を照らす。
今日も目覚ましが鳴る10分前に起きる。
今日も嫌になるほど晴れている。
そして今日だけは特別、頬を涙が走っていた。
俺は自分の頬に手をあて、はっとしてそれを拭う。
だめだめ。 朝から泣いたらあかんで。
そう自分に言い聞かせて頬をぺちんと叩き、俺はいつも通り、学校へ行く支度をするためベッドからずり降りた。
**********************
大好きだった人に別の大切な人ができた。
それを知ったのは丁度昨日の今ごろ。
いつも通り友達とお弁当を食べながらだべっている時だった。
その友達は部活も一緒で、加えてイケメン。ここは張り合えないけど、学力も部活でも張り合えるよきライバルであり、友達だった。
その友達ーー白石が、俺に嬉しそうに言った。
「せや、俺、財前と両想いになってん。」
その言葉を聞いた時、俺は全身の血液がさーっとひいていくのが分かった。
体温が奪われて、その言葉だけが俺の脳裏を何度もよぎる度に俺の頭にハンマーを打ち付けていった。
なぜなら、その財前は、俺の一番大好きだった人だからだ。
好きな人が、自分のよき友達に奪われた。
我ながら極悪かもせえへんけど、あぁ、なんで白石?白石なんていなければよかった。なんで。なんで…
拳をぎゅっと握れば背中を変な汗が伝う。
「...?謙也…?」
「へ、へぇ! そらびびったわ! お前ら両思いとか……は、はは…全く気づかへんかったわ」
「ふふっ、せやろ?実は謙也か知らないところで色々あってんねんでー。……あ!でな!今度デート行くねん。どこ行くと思う?京都やで、京都! お土産何がええ?やっぱ八つ橋か?」
ま、適当に買うわなんて言ってカフェオレを片手にけらけらと笑う白石。
ほぉ…両思いになって、そんで京都に旅行ですか。
そら偉い楽しいやろなぁ。
そう口にしながらも、心の底でじわじわと沸き上がる、悔しさ以上の白石に対する怒り。
なんで俺の財前とるん? 俺のが財前を大事にできる。幸せにできるのに。
そう、昨日はそんなことがあった。
結局財前と唯一会える機会である部活を昨日は休んだ。
最初こそは白石に対する怒りがこみ上げてたけど、財前は俺よりそんな白石が好きなんだって考えたら、なんだか部活もどうでもよくなった。
今日は... どうしよう。
「謙也。」
そんなことをぼーっと考えていたその時、俺に声をかけてきたのは、また白石だった。
俺は憎悪に満ちた目を彼に向けた。
「なんや、そんな怖い顔して。 ...それよりな、今季の合宿についてなんやけど...」
あぁ、ほら。また。
「場所は例年通りでもええと思っとるんやけど、食費がかさみそうで... なにより金ちゃんがおるやろ?腹が空いては戦も、ってことで、食費の補助を生徒会にお願いしようと思ってねんけど」
自分はなにも知らないというような顔で、話しかけてきて。
「でも実際こんな理由で補助なんか出すかなぁ!って、思うて......って、謙也?!!」
だめだ。腹がたつ。俺はこんなに辛い思いをしているのに、財前を手に入れていい気なもんやわ。
俺は席を立って教室を抜け出し、あてもなく走り出した。
白石が財前のこと話したわけやないけど、でも、今はその屈託のない笑顔が嫌で仕方なかった。
あー、俺、サイテーや。
目の奥がじわじわと熱を帯びていくのが分かる。
階段をかけ下りて、外に出て、からだが蒸し暑い空気に包まれる。
俺はそのままあてもなく走り出した。
どんどん向かい風が強くなって、背中に汗が滴る。
もう、いやや。
何も考えとうない。 なにも。 なにも。 なにも。
無我夢中で校舎を抜けて、一本目の道を曲がる。
と。
今まで高ぶっていた神経に急ブレーキがかかった。
あいつが、遠くに見える。
つんつんの黒髪に、気だるそうにビニール袋を片手にこちらへ歩いてくる財前の姿がー
彼との距離が縮まっていくうちに、自然と落ち着きを取り戻していく足元。
はぁはぁと切れる息と、心臓が一定のリズムで大きな鼓動を刻んでいる。
あぁ、どうしてこのタイミングで片想いの相手に遭遇してまうんやろか。
財前も俺に気づいたらしく、軽く頭を下げる程度のお辞儀をした。
「...謙也さん? 急いでるんですか?」
「あー、おん、ちょっと」
別に、急いでない。
「ふーん」
お前を忘れたくて、必死に走ってた。
「ふっ、へんなの。」
必死で走ってたよ。
「ほな、人と会う約束してるんで。」
だけどさ
「お、おー! またな!」
そんな風に言われたら、そんな風に優しく笑ってくれたらー
俺の心のなかにあったどす黒い何かがスーッと抜け行く気がした。
俺は小さくなっていく彼の背中を、セミの声を聞きながらただただ見つめているだけだった。
End.
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