光謙 | ナノ
寒空のもと、グラウンドには笛の音と歓声が響く。
隣接する校舎ではいつも通りの何気ない授業風景が広がっている。
居眠りするもの、落書きをするもの、真面目にメモをとるもの、積極的に発言するもの。
俺にとっては全く面白くもないこの時間が苦痛でしかなかった。
学年がひとつ上の俺の彼氏はこの日常が一生の宝物になるから、一日一日噛み締めて過ごせと言った。
なんでも個人戦の受験勉強を通して、集団で何かをすることがいかに素晴らしいことなのかを実感したらしい。


... 暇だ。ひたすら。
部活には謙也さんはもちろん来ないし、一緒に弁当を広げることもなくなっていた。
なんでって、そりゃあ昼休みも勉強漬けやし、あの人。
たまに同情なのか何なのか元部長が教室に遊びにくるけど、全くもって嬉しくない。


暇だ。


....謙也さん、ちょっとは構ってくれたってええやん。
ちょっと休憩する時とか、息抜きしたくなったら電話自由にしてとは言ったものの、まだ一度もかかってきた試しがない。
そりゃあ最初から期待してたわけでもないけど。


........


俺はなんだか何もしていない自分が嫌になって、大きなため息をついた。
これが更年期。 おかんも大変や。


何かするか。



何しよ。


........



謙也さん、元気かな。




........



一度思考を巡らせれば謙也さんのことばかりが浮かぶ。
志望校に向けて一生懸命に頑張る謙也さんの背中は、なんだかちょっと前より一回り大きく見えるような、そんな気もする。
もう...次謙也さんに会ったらキスで窒息させたる。
こんなに俺を悩ますとかアイツほんまありえんし。
俺はそんなことを考えた末に、この退屈な授業もまたいつも通り寝て過ごすことに決めた。



**************



そんな日の夜。
風呂から上がって髪をがさつに拭きながら部屋でゆったり和んでいると、突然携帯がけたたましく震え出した。
俺は手を伸ばしてそれを掴み、画面を覗いた。
着信もとは...謙也さん?!
焦りながら通話ボタンを押し、耳に当てる。


「もしもし、謙也さん?」
『財前.. 悪い、今、出てこれる?』
「..大丈夫です」
『せやったら5分後にいつもの公園のとこに来て』


ブツッ......ツー..ツー..


なんなん..
突然大好きな人からかかってきた電話かと思ったら、その相手はとんでもなく低い、やつれた声で急に要求押し付けてきた。
公園で話す話題として一番に脳裏をよぎったのは...別れ話だ。
まぁ確かに最近ずっと連絡とってなかったし、冷めたんかな。
...やめよ、なんか他に嬉しいニュース考えよ。
しかし、謙也さんの電話での声を聞いたときから、よぎるのは悪い予感だけ。


ま、潮時...か


俺は携帯をポケットに突っ込んで、髪を拭きながら立ち上がって部屋をあとにした。



**************



5分も経たないうちに待ち合わせ場所の公園に着いた。
息を切らして暗い公園に入っていくと、金髪のその人はすぐに見つかった。


「謙也さん」


俺は平常心を保ちながらその影に近づく。
内心はもちろん穏やかではない。
心臓のばくばくを押さえきれずに、手に冷や汗を握る。
そりゃあ久しぶりに会えて嬉しい、嬉しいけど。
今はそれとは違う緊張が体を駆け巡る。
当の謙也さんは、俺の声を聞くや否や、ベンチから立ち上がったが、こちらに振り向く気配はなく、夜空に深い息を吐いた。
公園に向かう途中で何度も繰り返し描いたシチュエーション......謙也さん、久しぶりです。なんて言って抱きついたり、キスしたりする幻想が、風船を割るようにぽんぽんと消えていく。
だって今は、どう考えてもそういう状況ではないから。
俺はらしくもなくこれから告げられるであろう残酷な主張を拒むようにうつむいた。
するとすぐ、じゃっ、じゃっ、と砂を踏み歩く足跡が俺の目の前までやってきて、一回り大きな影が俺を包んだ。
背中まできつく縛るような腕、密着する身体から彼の体温を感じる。


謙也さん−俺のこと、抱き締めてる...


俺は何も言わず、うつむいていた顔を、呼吸ができ、また、もっと謙也さんを感じられるように、上を向いて、目を謙也さんの肩から覗かせる。
あたたかい。
もう、別れ話でもなんでも気にならない。
今はとにかくこの時間を噛み締めたい。
大好きな人と、こうして一緒にいられる瞬間を愛したい。


「財前..」


謙也さんのかすれた、妙に熱い吐息が俺の耳元の髪をそっとゆらす。
俺は瞳を閉じて、きつく抱き締め返す。
返事はしない。...高揚して、できない。


「俺、一生懸命頑張った。飯もろくに食わないで、必死で努力して成績を上げてきてんねん」


だんだんと謙也さんの声が震えてくるのがわかる。


「けどな、やっぱだめや。成績が上がっても、辛くて、なんでやろって考えてたら、財前のことしか考えられなくなって」
「....ッッ」


俺が目をそっと開くと、謙也さんは俺の肩に手を乗せながら身体を離し、そして目から大粒の涙をこぼして言った。


「財前。俺、やっぱお前がおらんとダメみたいで」


謙也さんが俺に、にこっとはにかむ。
あぁ。さっきまでの考え事は杞憂に終わったっちゅうわけや。
謙也さんが俺をここに呼び出したのは、別れ話を切り出すためなんかじゃなかった。
もう一度ちゃんと、自分の気持ちを示そうって思ったんだ。
へへっと照れて恥ずかしそうに笑う謙也さんを、俺はもう一度強く、強く、抱き締めた。


「謙也さん... もう、我慢しないで。本当にいつでも会いたい時は呼んでくださいよ。俺、どこにだって謙也さんのこと迎えに行きますから」
「ははっ、おおきに!」


受験は個人戦だって、あなたは言ったけど、俺はやっぱり大切な時には大切な人も一緒にいることがいちばんだと思ってるよ。
どうか次はその苦しみを一人背負わないで、俺とその荷物を分けさせて。


謙也さん。


大好きです。




End.







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