光謙 | ナノ
もし俺がもう少し遅く生まれたら。
もし家がもう少し君の近くなら。
もし、俺がもう少し君と一緒にいれたなら。



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冬も過ぎ、桜も緑の葉を伸ばし始めたある日の放課後。
財前と俺は、丁度テニスコートが見える空き教室の窓から外を眺めながらただなんとなくだべっていた。
財前は相変わらずの猫背でそれはもうつまらなさそうに、手にいちごミルクのパックを持ってそれを眺めていた。
俺も俺で、ハードな午後練を乗り切るために栄養ドリンクを手に、あてもなく空を眺めていた。
そしてなんとなく、また呟いてみた。


「...なぁ、財前。」
「はい」
「もしさぁ、俺が女でも、俺に惚れてた?」
「...」


ちょっとうきうきしながら隣にいる財前に目をやると、財前は本当に冷たい目でこちらをみて、ストローをくわえて一口それを飲んだ後、気だるそうに答えた。


「まー、謙也さんは今かて女っぽいし。結果は変わらないんとちゃいます?」


知らんけど。
最後にそう付け加えて財前はまた窓の外に視線を戻した。
へぇ。今日はやけに冷めてるなぁ。


「じゃあじゃあ、俺が財前と同い年やったらどう!?でももしそれが本当だったら最高やん!一緒のクラスかもせぇへんし、なんせ卒業式までずーっと一緒におれるっ」


おぉ、あかん、話してたら一人勝手に盛り上がってもうた。
俺は再び財前の様子を伺ってみる。─が。
今度はさらに不機嫌な様子でいちごミルクのパックを机の上に置き、勢いよく俺の顔のスレスレの所に手を伸ばし─


ドンッ!


窓と手がぶつかる鈍い音が空き教室に響いた。
俺の行く手は財前に完全に塞がれ、行き場をなくした。
いわゆる、いや、壁ドンならぬ、窓ドンだ...。
俺は焦った。
どないしよう..!財前怒った!ご立腹!理由は定かやないけど...てか、目!目怖いわ!
深い緑の目が俺の視線を奪って釘付けにする。
  

「...っ、あー、財前?堪忍..ちょっと調子んのってベラベラと..」
「謙也さんは何も分かってない。」
「..え?」


財前が呆れたように目を伏せて大きな息を吐くと、手をゆっくり下ろしてすぐ側にあった机に腰掛けた。


「さっきからしょーもない話ばっかして。」
「..ごめん」
「俺はもし、とか、そんなこと考えとうないんです。..なんでか分かります?」


唐突な振りに思わず言葉に詰まってしまった。
そのままゆっくり構える財前の姿を見て、突っ立っていることしか出来なかった。


「今の謙也さんが好きだからです。」


もし、とか。
現実を否定するんじゃなくて。
ちょっと不条理で、壁があって、頑張っても埋められない差があって、不利な点があって、それでいい。


「せやなかったら、俺は一生謙也さんがおるっていう幸せに気づけなかったと思う。」


財前は小さな声で最後にそう言った。
そうか、確かにそうだ。
幸せすぎるのも辛いこと。
幸せがどんなものか、どんなに喜ばしい物なのか、みんな分からなくなってしまうから。
いつも無愛想で、必要最低限のことしか言わない財前が言ったその言葉には確かな重みと思いが詰まっているように感じられた。


「..せやな!障害があってこそ、燃える恋っていうか..!」
「うわー、それはちょっと。」
「ええっ!?嘘っ!?」


俺が馬鹿みたいにあたふたすれば、財前は俺を見て小さく笑い、俺の手を引いてそっとキスをした。
まるで俺の動揺と不安をぬぐい去るような暖かいキスだった。


「..ざい...ぜん、」
「俺は今の、"先輩"である謙也さんが好きです。」
「...おん、俺も、好き。」


後輩のくせに態度デカくて、でもたまに大切なことを教えてくれる。
俺も、そーゆう財前がむっちゃ好きや。




end.




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