光謙 | ナノ
雪は嫌いだ。


1月中旬、今年初めて灰色の雪雲が大阪を覆った。
しかも、謙也さんと出かける予定を組んでいたその日に。
なんでやねん。
俺は部屋のベランダから空を仰いでそう突っこんだ。
なんでやねん、なんでよりによって今日やねん。
小学生の頃、雪の日に無理矢理兄貴に外へ連れて行かれて盛大に転んでから、雪の日は外に出るのを避けていた。
まあ、あれや。いわゆる俺のトラウマのひとつでもあるっちゅーわけで。



件名:
本文:謙也さん、すんません。
俺ん家、来てください。



苦い過去を恋人と乗りきろうとは、どうしても思えなかった。
携帯をベッドに放り投げて、そこに飛び乗る。
はぁ。今日は気合い入れて服も新調したんに。ほんま雪とか、最悪や。
ベッドに仰向けになって、部屋の隅にちらりと目をやれば、しんしんと静かに白い桜が絶え間なく降り続いている。


ブーーッ


丁度その時、ベッドに投げ捨てていた携帯が寂しく震えた。
俺は布団を器用にたぐりよせて、携帯を手に取り、それを開く。


件名:Re
本文:えっ!?
映画見に行くんやないの!?


予想通りの返事。まぁ今頃謙也さんも丹念に髪をセットしてたんやろな。


件名:Re
本文:変更です。俺ん家で今日はゆっくり過ごしましょ。危ないし。


送信。


 ─ブーーッ


件名:Re
本文:分かった。今いく。



「...。」


俺は謙也さんの返事を無言で眺めてから、携帯をまたベットに放り投げた。
俺かて、楽しみやってん。
2人で映画、行くの。



**********



数分してから、家のインターホンが寂しく鳴り響いた。
俺はいじっていた携帯をテーブルの上に置いて、階段を下り、ドアをあける。


「謙也さん...。」
「...。おん。」


そこには、愛しい貴方の姿。
肩には少量の雪が降り積もり、鼻は真っ赤に染まっている。
いつものように、笑って来てくれたら俺はそんな可愛らしい謙也さんに今頃抱きついていたんだろうけど。


「...。寒い...。」


今日はくすりとも笑わなかった。
むしろ、ここに呼び寄せた俺を睨むようにして体を小刻みに震わせている。
あかん、やっぱ、怒ったか。
俺も謙也さんの勝手なトラウマでデートキャンセルされたら、ぶち犯す勢いでキレると思うし。
俺はようやっと謙也さんがどんな思いでここまで来たのかを認知し、すっかり寒さで縮こまってしまった謙也さんを玄関に入れて、タオルを洗面所から引っ張り出す。


「謙也さん、すんません。」


俺は謙也さんにかろうじて聞こえるくらいの小さい声でそう言って、タオルを手にとり、肩の雪をはらう。
謙也さんはただ無言で、玄関に突っ立って、動かない。
あかん、これは、重傷かもせえへん。


「謙也さん、今日は雪やし、危ないと思うて、色々考えての結果なんです。また今度、雪が解けたら行きましょ、映画。」


俺は謙也さんに小さなキスを落として、部屋に上がるよう促す。
あぁ、なんとかして、なんとかして謙也さんを楽しませなあかん。
さぁて、どないしよ。




**********



謙也さんにはベットに座ってもらって、俺は部屋の小型テレビをいじり、チャンネルを回していた。
せっかくやし、映画代わりにもならんけど、DVDでも付けたろかと思ったらお笑いのDVDしかなかってん。
...強いて言うなら、兄貴のAVDVDもあったけど、ダメ。論外。
俺が変に怪しまれるわ。
そんなわけで、チャンネルを回すものの...。


「チッ。」


思わず舌打ちが飛ぶほどおもろい番組はなし。


「財前...。」
「?」


不意に謙也さんに弱々しい声で呼ばれ、後ろを振り返る。
謙也さんはいつの間にかベッドの上で頭から毛布を被り、体操座りをして適当に作ったココアが入ったマグカップを手にこちらを見つめていた。
くそっ、かわええ。
犯したいんやけど。なにこれ、拷問?
て、いやいや。そんな空気でもないやろ、これは。


「その、なんか、財前...さっきから無理してるんとちゃうの...?」
「何がですか。」
「えっと、なんてゆーか...」


謙也さんはそのまま一人頭を抱えてどもってしまった。
無理?別に...。


「だから、そのッ、財前は俺と一緒に出かけるのが嫌なんやないかって!それで...っ、だから..今回の出かける予定もなしにして....それだったら、いっそ....」


俺が謙也さんに背中を向け、テレビをいじろうとしたその時、謙也さんの切羽詰まった声が部屋の一室に響きわたる。
俺は絶句した。
なんで、なんでそうなるん?
俺が謙也さんと一緒に外へ出かけるのを嫌がって、つまり恥ずかしがって俺が今日キャンセルした。と?


「俺...そないなら、はよぉ言って欲しかった...。」
「..」
「あくまで俺たちは、恋人、じゃなくて、友達としての方が釣り合うんやって...。」


弱々しい声を聞いて、頭をがぁんと何か固いもので叩かれたような、そんな衝撃が走った。




(トラウマが、トラウマを呼ぶ。)







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