光謙 | ナノ
「...っそやろ」


俺は唖然とした。
今までどくどくと胸を高鳴らせていた鼓動はもう聞こえなくて、血の気がすっかりひいてしまった。
全身の熱が全て何かに吸い尽くされたようで、寒気と、どうしようもないもどかしさが俺を襲う。


「じゃあ、これで終わりまーす。」


クラスの体育委員2人は黒板に体育祭での各競技と出席番号をふって、自らの席に戻っていく。


選抜クラスリレー 2 8 12


俺が出るはずだった、その種目に、俺の出席番号は記されていない。
俺が悪いのは分かってる。
体育の50メートル走記録測定の日、スタートの直後に靴ひもがほどけてちらりと足下を覗いた途端、それはもう壮大にずっこけた。
もたついて記録は9秒と、ちょい。
勿論、こんな記録でクラスの中でも早い順から選ばれるこの種目に俺が選ばれる資格などない。
借り物競走だけはなんとか避けようと、騎馬戦を突発的に選んでしまったが、納得なんてできるわけがない。
走りたい。
声援と、ギラギラ太陽の下で、あいつの冷めた眼で見守られながら
 ─走りたかった




放課後。
部活に精など入るわけもなかった。
アップを終えたのも後輩と同時。
スピードスターな俺にはあり得ない話しだけど、今だけは、普通にするなんて無理だ。
だって、俺は学校行事の中で一番やる気をだせるのが体育祭、主にクラスリレーなんやもん。
あり得へん...。
無論こんなの誰にも言えない。
俺が選抜クラスリレーに出るのは毎年恒例で、しかもそれは今年で最後。


あぁ、もう何もかもどうにでもなってしまえ。


「謙也さん?どないしました?今日キモいっすよ。」
「あー、おん...」
「...(うわぁ、こりゃ重傷やな)」


恋人の財前に声をかけられても(というか、ツッコミを求められても)まともな返事一つできやしない。
ごめんな、財前。







帰り道。
財前はとぼとぼと俺の後を着いてきた。
いつもなら一緒に門を出ているけれど、今日はさっさと着替えて財前を置いてきた。
はずだったんに。
不意に後ろを向くと、珍しくイヤホンもつけずに俺の後をただただ無言で着いてくる財前がいた。
くっそ。
こいつ可愛すぎとちゃう?


「...」
「......」


どこまでも続く無言の空間。


「けーんやさーん。」


そんな間をぶち破ったのは未だに着いてくる財前だった。


「...」
「け!ん!や!さ!ん!」


なんやこいつあほかそうかあほか。
俺を誘っとるんやなこいつは。
いつも勝手に襲ってくるくせに、ほんま意地汚いわ!


「...//」
「謙也さん!」 


刹那ラケットバックを引っ張られ、後ろにすっ転びそうになって俺は体勢を持ち直そうと後ろを向く。
そこには、ちょい上目遣いの愛しい財前の姿。


「何すんね...っんん」 
「......はっ......ふゥ...ッ」
「あ.........ひか......ふ......っ」


不意に強いキスをされ、鼓動がばくばくと上がっていく。


「謙也さん..すんません。」
「えっ、なんで謝るん!?(謝らなあかんのは俺の方なんに...)」
「やって、謙也さん泣いてるから。」
「......ふぇ?.............あ、」


財前にそう言われるまで気づかなかった。
まつげの下に指を這わせると、大粒の涙が人差し指を伝った。


「何があったんですか。」
「...ッ。言えへん!口が裂けても!」


こんな女々しすぎるコト。


「やったら口が裂けるまで...」
「あー!嘘です、嘘です!」


両肩を財前にがっしりと掴まれ身の危険を感じ、俺は焦って腕を振り払う。


「せやったら、話してもらいましょか。」
「うっ...」


一瞬迷ったけれど、一度口を開けば自分で呆れてしまうほど次から次へと俺の羞恥エピソードが語られていく。
財前は俺の隣を歩きながら、俺の目をたまにちらりと見ては、たまに小さく相槌なんか打って話を聞いてくれている。
記録測定のこと、今日の出来事...
いつもの分かれ道に差し掛かって一度足を止めるも、財前は俺の腕をひっぱり自ら俺の家の方向へと歩みを続ける。


「......財前。」
「はい。」
「財前はさ、嫌やないん?俺...こないに女々しくて......失敗をぐだぐだ引きずって...」
「は?」
「あー、その、キモ..い、みたいな?」
「何言うとるんですか?雄々しい謙也さんよりそそられますわ。」
「......(それ褒めてるん?)」


なんやかんやで、財前は結局俺の弾丸のように飛び出す言葉を全て聞いてくれた。
聞いてくれたって言っても、本当に聞いていただけだったけど。
プラスアルファの愚痴も吐いたおかげか、家に着く頃にはなんだか吹っ切れてしまった。
こんなくよくよして勉強に身が入らんのは嫌や。
部活に集中できなくなるのは、もっと嫌。


「財前、ありがと...な。」


俺は前に立つ財前の手をきゅっと握る。


「俺...その......」
「謙也さん。」
「へ?」
「今度俺の前でちゃんと走って下さい。」
「え...」
「クラスの体育の時間とか、体育祭とか、そんなんじゃなくてええ。俺の前だけで、そのスピードスターダッシュ見せてください。」
「....ッ」


正直、財前に見せるための1:1の走りなんてやったことない。
無駄に緊張しそうだ。
でも...。


「財前がっ...財前が、ゴールにいてくれるなら...ッ」


誰よりも、速く、走っていけるで!


 

End.




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