文豪短編 | ナノ
 深入りしたい合図

※短編「逃げた先の幸福と不幸」続き



彼の時、伊太利亜から逃げた私に待っていたのは自由と云う名の幸福。

けど、昨日マフィアの牢獄から逃げた私に待っていたのは不幸とも幸福とも云えない拘束。

私を捕らえた人の名前は太宰さん。横浜を拠点とする凶悪犯罪異能組織ポートマフィアの幹部。私より歳が一つ上の太宰さんは尋問も拷問も何もしない。三年前日本に来た以前の情報が全く出て来ない、正直に話してと笑っているのに有無を云わせない威圧は流石と云わざるを得なかった。私は素直に自分の全てを話した。普通なら嘘だと思う話を太宰さんは信じてくれた。私の情報は首領には内緒にしておくよと告げた彼は、此処でなら自由にしていいと云ってくれた。此処でと云うのは太宰さんに与えられた幹部用の部屋。寝室や風呂場、台所まで揃ってある。お腹が減れば冷蔵庫の食材を借りて料理をしようと思ったら、太宰さんに外に連れ出され美味しいご飯を食べさせてくれた。部屋を出ないなら好きにしていいと云われたが…



「あ、の、太宰さん、」

「ん?」

「近いですよ…」



丁度昼寝から目を覚ますと今日は夜になるまで戻れないと云っていた太宰さんが私の上に覆い被さっていた。



「夏見ちゃんの可愛い寝顔を見ていたんだ。そしたら急に起きちゃって」

「太宰さんが近付いたからじゃないですか。人の気配がして目が覚めたんです」

「可笑しいな。気配を消すのは得意なのに」



昔から敏感なんですよ。そう云えば、そうと微笑し頭を撫でられた。背中に腕を回され、一緒に起き上がると私を膝の上に乗せまた頭を撫でた。



「人の頭撫でるの楽しいですか」

「夏見ちゃんと居るのが楽しいのだよ。お昼寝の邪魔をして怒ってる?放任してる私が云うのもなんだけど、もう少し警戒心を持たないと」



真意は取り敢えず、太宰さんの気紛れで首領にも告げず、此処に置かせてもらっている。此処には太宰さん以外滅多に来ない。私が普段奥の部屋に居るからだろうけど。警戒心を持てと云いながら、声色に咎めの色は無く、寧ろ警戒心を持たない方が彼は安心しているのではないだろうか。黒服をぎゅっと握り締め顔を押し付け思いきり息を吸った。



「太宰さん臭います。お風呂入るか服着替えてください」

「え!?私臭う!?」



大袈裟なぐらいショックを受ける太宰さんに「血と死体の臭い」と付け加えると陽気な微笑は姿を消し、代わりに絶対零度の微笑を浮かべた。ああ、態とだ。眉を八の字に曲げ、悪趣味ですと溜め息を吐いてギュウギュウ抱き着いた。

嗅ぎ慣れた裏の世界の臭い。もう絶対に思い出さないと蓋をした感覚が僅かに蘇ってくる。私も三年前まえは太宰さんと同じ場所にいた。ポートマフィアの恐ろしさはニュースや新聞でしか知らないが其れだけで十分だ。けど、日本のマフィアでさえきっと震え上がり、地に頭を擦り付け、必死に乞うに違いない。マフィアの本場は伊達じゃないのだ、伊太利亜は。

一定のリズムを保って撫でられる背中。眠気を誘うのは十分で…目は覚めた筈なのにまた眠くなってきた。

そんな私を察してか、眠っていいよと太宰さんが私をベッドに押し倒した。ゴロンと横に寝転がった彼は私を抱き締めると髪に顔を埋めてきた。



「夜まで寝て、起きたら行き着けの店に行こう。君に会わせたい奴が居る」

「会わせたい奴…?」



如何してそんな人が居るんだろう…

顔に出ていたのか「会えば分かるよ」と額に口付けを落とした。こういうのは如何例えたらいいのかな。困った様に見つめれば、何でもない様に「眠れない子供に魔法を掛ける母親みたいでしょ?」と彼は云った。

母親という存在は私にも居た。居たけど、今となってはもう如何でも良い。如何でも良い事を考えるのは嫌い。疲れるし、怠いし、眠くなる。

何も考えたくなくて太宰さんの服に顔を押し付け、そのまま眠った。



「…織田作がね、君の話をしたら其の子は私と同じだと云ったんだよ。何処を如何見たら同じに見えるのと云ったら、織田作ったらね、こう云うんだ。

『お前と同じで死に場所を探してる。けど、お前と彼女とじゃ大きな違いがある』―――とね」



End

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