文豪短編 | ナノ
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横浜の空を黒が覆う時刻。

ベランダに出て右手に苺が入った皿、左手にフォークを持ち、苺を食べながら夏見は隣人に話しかけた。



「聞いてくださいよ中原さん」



柵に背を凭れ紫煙を潜らせる隣人の中原中也は目だけで何だと問うた。



「今日私の下駄箱に間違って恋文(ラブレター)が入ってたんですよ?失礼ですよね」

「間違ってって、何で分かった?」

「学校で一番人気な女の子の下駄箱が丁度私の一つ左隣なんですよ。ちゃんと確認してから入れてほしいものです」

「中身を見て手前のじゃないって知ったのか?傑作だな」



面白可笑しく笑う中原に笑い事じゃありません!ぷりぷり怒る夏見はやけくそで苺を二つ口の中に入れ、言葉を続けた。



「中身なんか見なくたって分かります。学校で一番モテる子の下駄箱が隣にあって、恋文が私の所に入れられた。間違って入れた以外考えられません」

「…」



―――一寸待て。此奴馬鹿か?

てっきり、中身を確認して自分のじゃない事に腹を立てているのかと思いきや、実際は自分勝手な思い込みで腹を立てているだけじゃないか。恋文を入れた相手だって、好きな女の下駄箱を間違えたりしない筈だ。夏見の勘違いが当たってればの話だが、中原は百パーセント相手は夏見の下駄箱に恋文を入れたのだと確信を持つ。念の為に、其の手紙如何したと問うと、ちゃんとしたとこに入れ直しました、とあっけらかんと答えた夏見に中原は溜め息を吐いた。

相手が不憫でならない。好きになる相手を間違えたな。肺一杯に紫煙を吸い、吐き出す。自棄食い同然に苺を食べる夏見に相手は間違って恋文は入れてないと云うべきか。…否、云わなくていい。若しも其れで夏見が付き合ってみろ、確実に一緒に居る時間が減る。中原は夏見が苺を食べ終えるのを見計らうと煙草を握り潰し、隣のベランダに飛び移った。わっ、と驚く夏見に構わず紫がかった黒い頭に手を置いた。



「デザートでも食いに行くか?」

「…!はい!行きます!あ、繁華街に最近出来たって云う、氷菓子(アイス)と混合酒(カクテル)を楽しめる御店に行ってみたいです!」

「ホント手前は悪い未成年だなァ」

「いいじゃないですか!中原さんだって、毎回楽しそうに私にお勧めのお酒飲ませるくせに」

「ハッ、違いねえ。ほら、行くぞ。さっさと準備して来い」

「はーい!」



室内へ戻った夏見を見送った後、中原は自分のとこのベランダに戻り室内へ戻り、適当な上着を羽織り普段の帽子を忘れず被り外へと出た。

若しも、本当に夏見に恋人が出来たらと想像しよう。

相手は間違いなく死ぬ。隣の怖いお兄さんによって。



彼女には既に優しくて恐ろしい隣人(おとこ)がいた


後日、学校一人気な女の子が本来なら夏見に告白しようとした男をひっぱたいたと云う噂が暫く学校で続いた。当の本人は、余程酷い告白をしたんだなと他人事の様に思い、今日はバイトで絶対に太宰が来る筈だから話のネタにしようと思ったのだった。


Fin

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