「もー夏見ってば、変なとこで気が抜けてんだからあ」



居眠りをして反省文を食らった夏見の前の席を借りて話掛けるのは、同じクラスの首藤松美。茶髪のボブカットに確り化粧をした今時の女子高生。秋桜が彩られたネイルを眺めつつ夏見に話し掛ける。適当に相槌を打ちながらやっと反省文3枚全部を書き終えるとペンを置き、体を伸ばした。肩と腕の骨が鳴った。長く同じ体勢でいたから仕方ない。



「ね、此から合コン行かない?後一人人数足りないの」

「行かない。興味ない」

「夏見ってば付き合い悪い!何時もバイトバイトって言うけど今日もなの?」

「今日は休みだけど行かない。男とか今興味ないし」

「えーほんとに?嘘吐いてない?」

「こんなんで嘘云ってどうすんの」



彼女に付き合ってられないと机の横に提げていた学校鞄を掴み、反省文を持って立ち上がると首藤は妖しい笑みを浮かべた。不審な其に眉を寄せると首藤は「あたし知ってるよお」と猫撫で声を発し、机に肘を付いて夏見を見上げた。



「昨日の夜、男の人とレストランにいたでしょ」

「…何で知って、」

「男友達と遊んだ帰りにあたしも其のレストランに行ったの。そしたら、夏見が格好いい男の人といて吃驚した。ね、彼の人どんな人?何処で知り合ったの?付き合ってるの?」

「……」



何て事だ。面倒な相手に昨日の様子を見られていたなんて。首藤松美はどうしようもない男好きで有名だ。相手が綺麗で格好良ければ誰にでも近寄るし、例え恋人が居ても首藤には関係ない。学校に於いて首藤は強い権力を持った学生だ。何せ、彼女の父親は大企業の社長で此の学校に多額の寄付をしている。彼女の機嫌を損ねれば父親が何をしてくるか分からないから、生徒は愚か教師ですら逆らえない。そんな面倒な首藤に目を付けられた原因は何だったか、如何でもいい出来事だったろうから忘れた。



「あたしも御近づきになりたいわ。お願いしたら性行為(セックス)してくれるかな?」

「………絶対しない。というか、其の人と私そんな関係じゃないよ。友達だよ」

「ふーん?まあいいわ、今日の七時に『パラダイス』に来てね。あ、ちゃんとお洒落も忘れないでよ」

「は?私は行かないって、」「行くの」



人受けの良さそうな表情は一転ー目を吊り上げ、他人を塵としか見ない表情が現れ、夏見を見上げた。



「あたしのパパにお願いして夏見の友達の職場を滅茶苦茶にしてあげてもいいのよ?パパ、色んな知り合いがいるから」

「っ…」



首藤の目は本気だ。断れば、中原に迷惑が掛かる。首藤を睨み付けた夏見だが、此処は大人しく命令を聞くしかない。「分かった」と降参した。首藤は嬉しげに口端を上げ、席を立ち出入口の方へ行った。去る間際「今日来る男に一人夏見に片想いしてる子もいるから」と言い残した。人の気配が無くなったのを確認すると―――ダンッと壁を拳で叩いた。
スカートのポケットから携帯を取り出す。電子手紙が三件あった。二件は心当たりがある。見てみると予想的中。檸檬とリンタロウからだった。三つ目の名前を見てビクリとした。中原からだった。先に中原の電子手紙を開いた。

“今直ぐ学校から出てこい”



「何でまだ学校にいるって知ってるの?」



思った疑問を口にしつつ、書かれてる通り急いで外に出た。校門から幾らか離れた先に黒い車が停められていた。車体に凭れ掛かって煙草を吸うのは、今日も帽子が素敵ですねと開口一番に云いたくなる中原中也だった。夏見に気付くと中原は手招きで呼ぶ。首藤との遣り取りの不安よりも、中原がこんな所にいる疑問が大きかった。夏見が目の前まで走って来ると「遅ェ」と昨日と同じ台詞を云った。昨日と今日では、状況は全く違うが…。



「遅いって…抑如何して此処に?」

「暫く家に帰れねぇから今の内に飯奢ってやろうかと思ってな」

「昨日御馳走になりました」

「手前は放っておいたら果物しか食べないだろ。ほら、とっとと乗れ」



やったあ!と普段なら喜んだ場面だが運転席に乗り込もうとした中原の腕を咄嗟に掴んで阻止した。突然の行動に目をパチクリさせる中原の目に、申し訳なさそうに眉尻を下げる夏見。



「その…すいません、今日は先約があって…。中原さんの御仕事が片付いたらで良いのでまたの機会じゃ駄目ですか?」

「……」



心底申し訳ない、というより、行きたくないが行かないといけない、という嫌悪感が滲み出ていた。数拍間を置いて中原は煙草を地面に落とすと夏見を無理矢理助手席に押し込んだ。次は中原の突然の行動に目をパチクリする羽目になった。それと押し込まれた際背中が車体に当たって地味に痛い。夏見が文句を言う前に運転席に乗り込んだ中原は車を発進させ、夕方は人通りが少ない河川付近で一時停車した。車を運転している中原に見惚れていた夏見だが、彼の顔が急に此方に向いた時は身構えた。



「行きたくねぇ理由を云ってみろ」

「い、行きたくないって云ってません。先約があるから、」

「其だ。その先約ってのに本当は行きたくないんだろ?心底厭そうな顔してるぜ」

「……」



云ってしまえば中原に迷惑が掛かるし、行かなければもっと迷惑を掛けてしまう。迷惑を掛けないで済むのは、云わないで行く事。此しかない。然し、隣の中原の雰囲気からして白状するまで此のままな気がする。困った様に見遣ると彼の瞳は云えと命じていた。逃げる隙すらない。深い溜め息を吐き、観念して全て話した。

同級生に昨日中原とレストランで食事をしているのを目撃されて紹介しない代わりに夜七時にある合コンに数合わせで来いという事、若し来ないと父親の力を使って中原に被害が及ぶから嫌々行くしかないという事まで。その同級生が首藤財閥の令嬢と付け足す夏見は、首藤の名を聞いて歪に口角を上げた中原に気付かなかった。



「くっだらねえ。とんだ阿波擦れに目ぇ付けられたもんだ雪平も」

「…全く、その通りです」

「(けど、手間が省けた)場所は何処だ」

「へ、えと、『パラダイス』です」



行くぞ、と云って再びエンジンを掛け車を発進させた。嫌な予感がしてならない夏見が恐る恐る訊ねると中原は好戦的な笑みで「舐めた餓鬼には説教が必要だろ?」と嫌な予感を的中させた。





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