夏見のアルバイトは、赤煉瓦の古いビルの一階にある喫茶店『うずまき』。引っ越して来た時店に貼られているアルバイト募集の紙を見て勢いで面接をして受かった。内装は古風で落ち着いた雰囲気を醸し出している。従業員である夏見と他数人の先輩女性の仕事服は着物の上にフリル付きのエプロン。この店の店主は女将さんと呼ばれている。女将は奥の厨房によくいる。先輩従業員は皆大人で未成年なのは夏見だけ。また、背が低い事もありよく子供扱いされる。可愛がられていると分かっているので怒る必要もない。洗ったお皿やコップをタオルで拭いていると出入り口のドアの鈴がカランコロン…と鳴った。顔を上げ「いらっしゃいませ」と接客用の笑顔を浮かべれば、見慣れた人が。



「やあ、夏見ちゃん。珈琲貰える?」

「はい。少々御待ちください」



首と腕に包帯を巻いた黒髪の男性。夏見の目の前の席に座った彼はお冷やを置いた白い手を握った。



「ああ…矢張り君のこの小さな手は何度見ても愛らしい…。ねえ、夏見ちゃん」



丸で恋人に囁くかのような甘い声色で「この手で私の首を締めてくれないかい」と夏見を見上げた。声色と同じ瞳に顔に体温が集中する。端から見れば、男性に求愛されているようにも思えるがこの男は自分の首を締めてくれと言ったのだ。顔が美形なだけに質が悪い。

彼の名前は太宰治。ここの常連でビルの4階にある『武装探偵社』の社員である。『武装探偵社』とは、市警や軍警がに頼れない灰色の厄介事を引き受け解決する異能力者を集めた武装組織。社員の殆どが異能力を持つ。太宰もその一人。自殺愛好家という大変奇妙な趣味を持つ彼に毎度こうして口説かれているのか解らないが殺してくれと頼まれる夏見も最初は驚いたが、回数を重ねると慣れてしまい今では、



「私が太宰さんを殺したら、珈琲飲んでくれなくなるから駄目です」

「おや。それは困った。なら、また今度にするよ」

「そうしてください」



マスター珈琲一つ。マスターに珈琲の注文を云い、食器をまた拭いていく。すると、またカランコロンと鈴が鳴った。扉の方へ目を遣る前に「やっぱり此処だったかこの自殺志願者!」と声で誰が来たか分かった。夏見は食器拭きをまた止め、コップに水を注いだ。やってきた金髪に眼鏡をかけた神経質そうな男性にこんにちは。と挨拶をした。男性もそれを返し、カウンター席に座る太宰に説教を始めた。仕事サボるな、社内で首を吊るな、仕事をサボるな、今から仕事に出掛けるぞ、と。説教されている本人は子供みたく口を尖らせた。



「えぇー?折角夏見ちゃんと二人っきりの空間を楽しんでいたのに。国木田君ってば空気読めないね」

「黙れ唐変木!貴様だけには云われたくないっ!…雪平、何時も済まんな。此奴に何かされた直ぐに云え」

「は、はい。でも、太宰さんは大事な常連さんだし自殺の御手伝いを御願いされるだけだからどうってことないですよ」

「…」



何でもない様に云ってのけた夏見に国木田は頭が痛くなった。多分太宰の自殺志願に慣れた故の発言なのだろう。最初はあれだけ戸惑っていた少女が…。探偵社に戻ったらこってり絞らねば。深い溜め息を吐いた国木田を注文した珈琲をのんびりと飲む太宰が「まあまあ国木田君、急いては事を損じる。もう少し待とう」と口にする。



「もう少しって…俺達がこうしている間にも、また被害者が増えるんだぞ?」

「…あの、もしかして御仕事って、」

「そ。ここ最近起きている『連続婦女誘拐事件』について、だよ」



太宰の云った『連続婦女誘拐事件』とは、ここ数日起きている誘拐事件の事。狙われるのは皆年若い女性ばかり。年齢は15から20の間で容姿は皆異なる。今朝の朝刊にもまた三名の行方不明者が出たと記事にあった。被害者が拐われたと思われる現場には犯人に繋がる痕跡は無に等しく、また、誘拐された女性に共通点がない為に警察の捜査は難航を極める。何時、誰が狙われるか等誰にも知り得ない。誘拐された時間帯も真っ昼間だったり夜だったりと時間も異なる。



「乱歩さん曰く、犯人達は誰かを探しているみたいなんだけどね」

「犯人達?犯人は複数いるんですか?」

「考えてみろ。たった数日で数十人の人間を一人で拐かすのはまず不可能だ。六人から八人。…いや、それ以上の数かもしれん」



となると、犯人は目的が一つの組織。「ポートマフィアの仕業ですか?」ふと、頭に過った組織の名を口にすると太宰は「いや、違う」と首を振った。



「これはマフィアの仕業じゃない」

「でも、人身売買っていう可能性有りそうじゃないですか」

「もし、仮にこの事件を起こしているのがマフィアなら、もっと巧くやるはずだ。それこそ、被害者が誘拐された、なんて思われない程徹底的に…」

「…」



夏見の口にしたポートマフィアとは、此処横浜を拠点とする凶悪犯罪異能組織。他に呼ばれ方が無い為マフィアと呼ばれているに過ぎない。彼等はこの街の暗部そのもの。複数の企業・団体、果ては政治にまで干渉出来る強大な力を持つ。ポツリと「伊太利亜のあのマフィアと同じだ」と零した夏見。「何か云ったか?」国木田に訊ねられ、何でもないと誤魔化した。



「…」



但し、太宰だけは夏見を見つめていた。先程の独り言を聞いたのかは分からないが…。



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