横浜の某私立高校に通う雪平夏見。17歳。学校を終え、友人と校門前で別れた彼女は住んでいるアパートへ真っ直ぐと帰った。外見は少々古いが中は案外綺麗で一人で暮らすには持ってこいのアパートで、鍍金が剥がれた階段を上がった一番奥の部屋が夏見の家である。郵便入れの中を見るが何も入っていない。



「やっぱ入ってないか」



予想していたとは云え、落ち込むものは落ち込む。一ヶ月前から、頻繁に手紙の遣り取りをしていた相手からポツリと手紙が来なくなった。日常の楽しみが消えて夏見は落ち込んだものの、きっと何か事情が出来て手紙を書く暇がなくなったのだと自分を納得させた。それに、今の夏見には日常の楽しみが幾つか増えた。

鞄から鍵を取り出した所で隣の扉が開いた。中から一人の男性が出てきた。夏見より少し背の高い小柄な男性は明るい茶髪に常に黒い帽子に黒い外套を羽織っている。シャツ以外の黒尽くしな格好だが彼が身に付けているものはどれも御洒落で見目が整っているせいかよく似合っていた。



「こんにちは。中原さん」



夏見が挨拶を云うと相手も「あぁ」と返した。



「今から御仕事ですか?」

「そう言う雪平も今からバイトだろ。あまり遅くなるなよ」

「はい!中原さんもお仕事頑張って下さいね」



じゃあな、と去って行く中原の背に手を振る。彼は中原中也。夏見が三ヶ月前引っ越して来てからの隣人。御近所に挨拶回りをした際彼だけいつも不在で何時会えるだろうかと思っていた時、その頃近所に出没していた変質者に襲われそうになった所を助けてくれたのが彼だった。すっかり腰を抜かして動けなくなっていた夏見を家まで送り届けた事で彼女が新しい隣人、夏見は彼がずっと不在だった隣人だと知る。



『助けてくれて本当にありがとうございました。私、雪平夏見です。お兄さんの名前聞いても良いですか?』

『…中原中也』

『中原…さん。中原さん、今日はありがとうございました』

『何回礼云えば気が済むんだ』



中原が名乗る時少し躊躇する素振りがあったのは何故か。夏見は気づいていない振りをして、ひっきりなしに礼を云って呆れた様な、だが少し苦笑した中原に気のせいだと言い聞かせ『そうですね』と微笑した。

それからというもの、毎日は滅多にないが家に帰って来る事が多くなった中原と家の前だったり、ベランダだったりと出会す機会が増した。夏見自身、近所人とは挨拶程度の付き合いしかない上、それなりに歳が近そうな中原といる空間が好きだった。+男性なのに背が低いから余計話しやすかった。その内夏見が夕飯は果物だけで済ませる事が多いと知った中原は夕飯を御馳走してやったり、夜ー帰路を歩いていると泥酔して寝ている中原を発見した夏見がアパートまで運んだり…と。二人の奇妙な関係は良い方に続いた。



「中原さんって私より少し背が高いだけなのに、なんであんなに重かったんだろう」



中原を背負ってアパートまで運ぶ際、背格好は大体同じなのに筋肉量が多いからか、見目からは想像し難い程中原は重かった。普段の4倍の時間を有してアパートまで帰ったのは初めてだった。中原をアパートまで運んだのはそれからも何度かあったので、夏見の体は鍛えられた。重い荷物を持てるようになったのは良いが人を運んで鍛えられるとは思わなかった。

―――中原さんが道の真ん中で寝てもまた運べばいいだけだけど

鍵を開け、家の中に入って玄関でローファーを脱いだ。ダルメシアン柄のスリッパを履いて奥の部屋へ。学校鞄を置いて私室まで行くと制服を脱いでベッドの上に投げ、クローゼットから私服を選んだ。普段着に着替え、壁に掛けてあるポーチを取り肩に下げた。

玄関までまた戻ってスリッパを脱ぎ、ヒールのついたブーツに履き替え夏見は家を出た。しっかりと、扉に鍵をかけて―――。




「…此方、CODE:01。見つけました。はい、はい、間違いありません。あの夫婦が吐いた内容(もの)と同じです」



アルバイトに向かう夏見を電柱柱の陰に隠れて誰かと電話をしている黒服の男。男は電話の主に「必ず、捕獲してみせます」と告げると携帯を切り胸ポケットに仕舞った。



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