「へえ、あんたこの学校に通ってたのかい」

「太宰さんが聞いたら絶対に付いて来てましたね。今日は国木田さんの監視の下報告書を書かされてますから逃げ出せるか分かりませんが」

「太宰さんの事だから逃げ出すと思いますよ」



彼の太宰が真面目に仕事をする姿が浮かばない。現場での仕事は兎も角、書類仕事を嫌ってそうだから。夏見の言葉に与謝野と谷崎は其の可能性は十分あると同意した。

彼等が居るのは校門前。登校時間が迫る中、生徒がちらほらと急いでやって来る。今日武装探偵社の二人が赴いたのは、学校に通う一人の生徒が行方不明だと云う依頼を生徒の両親にされ、先ずは情報収集として学校に訪れたのだ。教師や生徒の友人に話を訊いたが手掛かりとなるものは無かった。夏見は其の生徒の事をよく知らないので与謝野と谷崎に話を訊かれても答えられる事は何も無かった。次は、生徒がよく通うカフェに行くのだとか。「じゃあね、夏見ちゃん。今度また、夏見ちゃんの好きなクッキー持って『うずまき』に行くよ」「…へえ?谷崎ぃ、あんたも中々やるわねえ」「え?な、何の事ですか?」「じゃあ妾等は行くよ。またね夏見」面白い物を見たとばかりに悪い笑みを浮かべた与謝野に引っ張られる形で行ってしまった谷崎を見送った。与謝野の云った意味を理解していないのは夏見だけじゃなく、云われた本人も理解していない。与謝野が楽しそうで何より、探偵社員にしたら恐怖以外何物でもないらしいが。二人の姿が見えなくなった辺りで夏見は校舎の中へ戻った。途中、ポケットの中の携帯が短く震えた。

最初の授業は、担当の教師が急な用事で来られなくなった為急遽自由時間となった。別の教師からプリントを配られたが遣る気が出るはずもなく、皆思い思いに過ごす中夏見はポケットから携帯を取り出した。電子手紙が五件。わお、と声が漏れた。相手は『リンタロウ』と『檸檬』の他に、『夜叉』と『にごりえ』、乱歩からだった。先ずはリンタロウから。

“今日エリスちゃんと出掛けていたらエリスちゃんが居なくなってしまったよ!エリスちゃんが居なくなったら僕は如何したらいいの!?”



「………真逆ね」



登校中目撃した白衣の中年風の男性もエリスちゃんと泣き叫んで誰かを探していた。偶々名前が被って、偶々状況が同じになったに違いない。そう自分に言い聞かせ、次は檸檬を選んだ。

“家の幹部が偉く上機嫌で朝出勤して来たかと思ったら、急に不機嫌になっちゃってさ、これ如何したらいいかな”

先ず其の幹部の情緒が不安になった。ヤバい薬でもやってないですか?大丈夫ですか?檸檬さんが。と、返信。三つ目は夜叉。

“私の頼りない上司のお嬢が行方不明になってしもうた。めそめそしているのが鬱陶しくて別行動を取ったら、案外あっさりとお嬢は見つかった。頼りない上司が見当外れな所ばかり探すからじゃの”

偉く上司に辛辣な人だな。その内上司の人泣かないといいけど。見つかって良かったです、上司にもう少し優しくしてあげてください。と返信。次はにごりえ。

“また先輩の足を引っ張ってしまいました…。タヌキさんなら、先輩の役に立つために何をしますか?”

難しい質問だ。最初こそ、バイト先の先輩に色々教わりながらの仕事だったが今では先輩が居なくても大丈夫になった。にごりえの職業が分からないのであまり大した事は云えないが、其れはきっとにごりえさん自身が見つけないと意味がないと思います、だから諦めないで頑張ってください。と返信。最後は乱歩。

“夏見ちゃんの作ったパンケーキ食べたい”

了解しました!と返信。乱歩からの電子手紙はほぼこうだった。何かデザートが食べたいと云う希望が多く、殆どが夏見の手作り。彼の26才児の舌を納得させるには中々の苦労があったが今でも良い思い出だ。

携帯を鞄に仕舞い、机に突っ伏しそのまま寝た。





*******



学校を終え、一旦家に帰る夏見の携帯が震えた。長いので電話だ。誰からだろうとスカートのポケットから出そうとすると誰かにぶつかった。「御免ねお姉ちゃん」子供とぶつかったようだ。いいよ、と云おうとした夏見は腹部の違和感に気付いた。熱い。じわじわと広がる熱と痛み。下を見遣ると、ナイフがお腹に刺さっていた。呆然とする夏見に「黒服の人がね、お姉ちゃん殺したらお金くれるって云うから。恨むなら黒服の人恨んでよ」悪気がない笑みで去っていく子供はそう言い残した。

―――勘弁してよ…これから乱歩さん御所望のパンケーキ作らないといけないのに…

肩に提げていた鞄を地面に置くと鼻唄を歌いスキップする子供を捕まえ、腹に刺さっていたナイフを抜き、子供の首筋に当てた。



「答えなさい。君に殺しを依頼したのは誰?」

「だ、だからっ、黒服の、」「名前は!?」「し、知らないよ!ホントだよっ!信じてよっ!」



人通りの少ない道で良かった。こんな所誰かに見つかったら即警察に逮捕だ。もう一度、今度は殺気の籠った声で訊ねても子供は泣きながら知らないと告げた。「じゃあ、とっとと消えて」夏見が子供を離すと子供は一目散に逃げて行った。あれじゃあ、黒服の男やらに始末されるだろう。可哀想だとは思わない、自業自得だ。失敗した殺し屋等必要ない。

全身が熱い、痛い。身体の一部を刺されるのは随分と久し振りだった。困った事に怪我をした格好でバイトには行けない。怪我を治す方法はある。だけど、使いたくない。子供の我儘染みた言い訳をしている暇じゃないのに。フラりとよろけた足が地面に着くと水音が鳴った。足元に血溜まりが出来ていた。額に汗を拭い、夏見は傷を押さえ歩き始めた。熱さと痛みと、血が足りなくなってきているのか、意識が朦朧とする。

歩けば歩く程、呼吸が荒くなる。既に限界を迎えているのに夏見が向かった場所は―――黄金の草原だった。草原に到着した夏見は草原の上に仰向けで倒れた。母の異能力によって生命を吹き込まれた草原は、謂わば母の中。年中吹く優しい風が夏見を優しく包み込む。



「……眩しいなあ」



自分を見下ろす太陽は爛々と輝き、美しかった。重い瞼を閉じた夏見は太陽の炎になら、焼かれ死んでもいいかもしれないと思った。…其れか、永遠の苦しみを与え続ける煉獄の炎でもいいと思った。どの炎に焼かれても良い。業火に焼かれ、次に生を受ける時はせめて―――普通の人間として、生まれたい。

―――ああ……乱歩さんに…バイト行けなくなったから…パンケーキはまた今度だって…伝えなくちゃ…

スカートのポケットにある筈の携帯を取りたいのに、もう指一本動かす気力は残されていない。

自嘲気味に笑った夏見の意識は其処で途絶えた。




『なんだ、本当に来たのか』

『うん!煙草のお兄さんと一杯お喋りしたいから!』

『そうか』




―――もう二度と会えないとは知らない、煙草のお兄さんの夢を見る為に…。



Fin
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