白金色の髪に黒い瞳をした幼い女の子は、黒いワンピースを着た姿で生き生きと横浜の地を散策していた。女の子のは名前はエルヴィア・ボスカチオン。伊太利亜マフィア“死の幽鬼”首領の13番目の娘にして、死の幽鬼最高傑作の殺し屋(ばけもの)幽鬼の貴婦人。然し、一つ訂正がある。女の子は身長144cmしかないが年齢は13歳で見た目は幼いが、歴とした少女である。

気持ち良さげに陽を浴び、目的も無く歩くエルヴィアは今正に幸せの絶頂に居た。

横浜には、自分に殺せと命令する父親はいない、自分を罵倒し暴力を振るう母親はいない、自分を畏れる人達は誰一人としていない。婆やの力を借りて、婆やの友人の力を借りて、日本の中にある横浜の地に降り立った。婆やの友人は家がある青森へ行くには色々と準備が必要らしく、最低二週間は掛かると云っていた。其の準備には多分エルヴィアの事も含まれている。好きに動いていいけどちゃんとホテルには帰ってきてね、と云う婆やの友人の言葉に頷いたエルヴィア。ワンピースのポケットには、お小遣いとして二千円札がある。何かを買おうと思う気持ちが沸かない。エルヴィアが歩く場所に店等一つもない。横浜中心部から大分離れた場所まで歩いてもエルヴィアの表情に疲れたの一言は無かった。自身の足で歩ける所まで歩いていると―――其所はあった。

黄金の草原がエルヴィアの視界一杯に広がる。今まで見た事のない光景に息を呑む。何て壮大で優しい場所なんだろう、と。草原に足を踏み入れた。風が吹いた。優しくて、温かい風が。微かに海の香りがした。走って確認すると草原の奥には海が広がっていた。太陽の光を反射してキラキラと輝く海面と黄金の草原。ついつい見入ってると黄金と青の中に混じって動く赤があった。風に揺れる赤が気になってエルヴィアが近寄ると赤は違う動きをして、エルヴィアの方へ動いた。



「―――ん?」



赤は人間の髪の毛だった。少し強きに吊り上がった瞳に強面の男性は、煙草片手にエルヴィアに振り向き、小さく目を見開いた。



「迷子か?」

「迷子?ううん、違うよ。歩いてたら此処に辿り着いたの」

「そうか」


世間一般では其れを迷子と云うのだがエルヴィアは迷子になったと思ってない上、男性も彼女が迷子じゃないと云うのなら迷子じゃないと思った。エルヴィアは男性の隣に座った。



「お兄さんは此処で何してるの?」

「海を見ていた。此の場所は誰も知らない、俺だけの秘密の場所なんだ」

「そうなんだ。何時からあるの?此処」

「さあな。俺が子供の頃から、既に此処はこんな風だった」



男性はエルヴィアをじっと見つめた。珍しい髪の毛の色をしているせいか、はたまた、自分の様な子供が一人中心部からかなり離れた場所まで来たのが気になるからか。ん?とエルヴィアが男性を見ると「珍しい髪の色をしているな」と云われた。当たった。



「うん。私外国から来たの。横浜に来たのはつい最近。お兄さん外国に行った事ある?」

「いや、ない。一度くらいは行ってみたい気はする」

「そっか。伊太利亜は駄目だよ」

「何故?」

「彼処はマフィアの巣窟だよ。どんな理由で目を付けられるか分かったものじゃないもん」

「……そうか」



男性の言葉には微妙な間があった。疑問にも感じないエルヴィアは海を見つめた。海は青々として美しく、浸かれば気持ち良さそうだった。が、今の季節入れば間違いなく風邪を引く。ふと、エルヴィアは男性に訊ねた。



「…ねえ、お兄さん。お兄さんは死ぬなら、どんな場所で死にたい?」

「…」



いきなりの、裕福な家庭で育ったと思われる女の子からは絶対に出ないであろう問いに男性は面を食らった。死ぬならどんな場所で死にたい?20数年生きてきたが死に場所を聞かれたのは初めてだった。友人の彼の男なら嬉々として答えただろう。男性は煙を肺一杯に吸うと吐き出した。



「考えた事がない。生きている間に遣る事や遣りたい事が多すぎて」

「そっか。いいな、そういうの。私には無いよ。私は、こうやってお日様を見れただけで後は如何でもいいもん。お日様を見上げながら死ぬのが私にとって一番の幸せなの」



そう云って太陽を見上げたエルヴィアの黒瞳には、生に対する執着が丸で無かった。仕方無く息をしているのだと、告げている黒瞳が酷く友人の彼の男の黒瞳と重なった。



―――此の子も死に場所を求めているのか?太宰と同じで



だが、此の子と太宰が死に場所を求める理由は恐らく全く違うと男性は確信を持つ。太宰が死に場所を求める理由は知らない、此の子が死に場所を求める理由は知らない。でも、片鱗は見た。お日様を見ながら死ぬ。太陽を見れた今、此の子の生きる目的は達成されたのだ。太陽等誰もが見れる。一般人、有名人、犯罪者、動物、凡て生命を常に空の上から見下ろしている太陽を見れなかったのは―――



「君、名前は?」



其処まで考えると男性は考えるのを止めた。彼女から微かに臭う血と死の臭い。一般人では決して見つけられない臭いを見つけたのは、男性自身もまた血と死の世界に身を置く人間だから。



「名前……無いよ。全部故郷に捨ててきた。全部捨てて日本に来たの。名前なんか要らない…って無理だ…」



うーん、うーん、と唸るエルヴィアの頭に温かい何かが乗った。ん?と顔を上げると男性だった。



「雪平夏見、という名前は如何だ」

「雪平…夏見…其れって誰の名前?」

「俺が何時か書きたい小説の登場人物の名前だよ」



どんな人物なの?と訊けば、男性は答えた。話終えた男性に輝かんばかりの笑顔を向け、「じゃあ、私の名前は今日から雪平夏見だ!」と喜んで男性から貰った名前を云った。男性が如何して自分に名前をくれたのか、興味はあったがまた今度訊けばいい。きっと、また会える。此処に来れば。エルヴィアは男性の横に引っ付き、優しい風を感じた。



「日本に来て良かった。初めて会ったお兄さんに名前貰えるって思わなかったよ。煙草のお兄さんは、毎日此処に来る?」

「時間さえあれば来る」

「そっか。じゃあ、私煙草のお兄さんが来るのを毎日待ってるよ」



お兄さんの前に煙草と一言追加されたが男性は特に気にする事なく、エルヴィアー夏見の台詞に「そうか」と一言返すとまた煙草を吸った。煙が空へ向かって上がっていく。晴天が二人を見守る。

何もかもを捨てて日本へ逃げた先で初めて会った人に名前を貰った。普通なら疑問を持ち突っ込みを入れるだろうが生憎と此の場には、其の突っ込みを入れる人間はいない。

また、風が吹いた。二人を包み込む様な優しい温盛と心地よさを纏って。





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