―――四年前、彼女と初めて出会ったあの日から、何時かはこうなる気がした。

当時、ポートマフィアの縄張りを荒らし回った外国のマフィアの首領の娘が彼女だと知った時、本来なら真っ先に捕らえ尋問をする筈だった。しなかったのは、彼の女性の娘が彼女だと知る前に出会ってしまったから。とても伊太利亜で恐れられたマフィアとは思えない程純粋無垢な瞳は酷く輝いて見えた。朝食を供にした時、彼女は一言も自分の話をしなかった。私か中也が訊ねて初めて彼女は答えた。逆に、彼女からの質問もあった。お兄さんは如何して包帯しているの?怪我してるの?って。そうだよ、と答えると、早く治るといいね、と彼女は包帯が巻かれた腕を労る様に撫でた。此れが自殺に失敗して出来た傷だと知ればどんな反応をするか興味が湧いた。が、私はそうは云わなかった。

お兄さんとのご飯すごく楽しい!こうやって、誰かとご飯食べるのっていいね!

口元にソースをベッタリとつけ、無邪気にそう笑いのける幼い女の子。私がナプキンで拭えば、また無邪気に笑う。今思うと、彼女は楽しくて仕方なかったのだろう。何もかもが人生で初めての体験ばかりで。

四年後再会した彼女は、身長こそ中也より更に低いとは云え、四年前よりかは伸びていた。美しかった白金色の髪は黒髪に変わっていたが…彼女自身は、何も変わっていない。御得意の口説き文句で彼女に自殺補助を求めて小さな手を握った。とても人を殺してきたとは思えない、普通の女の子の手だった。困った様に私に「太宰さんが死んだら、珈琲飲んでくれなくなるから嫌です」笑い掛ける。四年前から胸の奥底にあった妙なモヤモヤが今ハッキリと解った。彼の笑顔をずっと見ていたい、無邪気に笑う姿をずっと側で見ていたい、最後に「次会ったら、名前教えてね!その時は、私もちゃんと名前云うから!」と去っていく彼女を捕まえて、マフィアに引き摺り込み私の側に置いて×××やりたかった。無条件で炎を出せる上、伊太利亜の都市伝説と化した幽鬼の貴婦人ならば首領も喜んでマフィア加入に頷いただろう。

其れが出来なかったのは、彼女は私の友人の大事な友人だったから。私がマフィアを抜ける切欠となった一人の友人の…。

織田作との約束は守る。人を救う。雪平夏見を救う。

………けど、



**********




「今私の目に映る君はどちらかな」



死んだと聞かされた母親との奇跡の再会直後、弾丸が母親の身体を貫き、母親は最後に娘への愛情を紡いで微笑んで死んだ。呆然と母親の死体を見ていたが…軈て、銃を発砲した相手を睨み叫んだ。夏見にとって、犯人はあまりにも予想外の相手だった。如何してですか!如何して何ですか太宰さん!憎しみと殺意が宿った黒瞳が太宰を睨み付けていた。



「何も知ろうとしない君には、未だ話せない」

「其れを知れば、この人を殺した理由を話すって云うんですか!?殺す必要があるんですか!?」

「云っただろう。君には未だ話せない。君が凡てを知った日には、私も凡て話す。今、君の母親を殺した理由も含めて」

「…」



マフィアに居た頃の太宰はよく知らない。食事をご馳走してくれた人。よく怪我をしている人。夏見と会う時の太宰は、マフィアの太宰治ではなく、夏見の知人の太宰治だった。背筋が凍り、ピンと伸ばした。全身が太宰の醸す雰囲気に当てられ硬直する。人の心の奥まで見透かす黒瞳に何時心臓を刳り抜かれるか知れない恐怖を抱いた。

(同じだ…っ、太宰さんの瞳は彼奴の瞳と同じだっ…)

嘗て、一度だけ会った彼の“魔人”と似た瞳に当時の記憶が蘇り、足が震える。

母親を殺された。相手を憎み、炎で黒焦げにしていまいたい。



「ほら、如何したの?私を殺したいでしょ?殺さなくていいの?君の異能力に例外はないだろう?」

「…っ」



夏見を煽り、異能力発動を促す太宰。殺したい、けど、殺したくない。憎い、けど、憎めない。唇を噛み締め震える夏見に太宰は尚も煽り続けた。

夏見は走り出した。太宰に向かって。

勢いのまま太宰に突進し、太宰の身体は簡単にも後ろに倒れた。



「………ですか……私に……太宰さんを殺す事なんて出来る筈がないじゃないですか!!」

「…」



―――やっぱり、彼女の父親は育て方を間違えた

“死の幽鬼”が生み出した最高傑作の殺し屋(ばけもの)

四年前までの夏見だったならそうだった。

陽を求め、人との触れ合いの後温もりを手に入れた今の夏見に、心を許した相手を殺す冷酷さはない。

太宰の外套を握り締め、太宰の心臓辺りに顔を押し付けた。静かに嗚咽を漏らし、身体を震わせる様子から察するに泣いているのか。押し倒されたまま夏見を下から抱き締めた太宰は、地球に生きる生命凡てに陽を照らす太陽をしっかりと視界に焼き付けると瞼を閉じた。



「さあ、私を殺して御覧。君が私を殺してくれるなら、私も君を殺してあげる」

「…太宰さんが私を?」



ゆっくりと顔を上げた夏見の表情は涙に濡れ、前髪がボサボサになって酷い有り様だった。そんな顔も愛しい、言葉にはせず、愛しいげに頬を撫でた太宰は頷いた。



「私を殺して夏見ちゃんが再び孤独の絶望を味わうというのなら、私も夏見ちゃんを殺してあげるよ。そうしたら、二人仲良く彼の世に逝ける」



天国か地獄かと聞かれたら、二人間違いなく地獄行きだけどね。

此から死のうとしている割りには、太宰の声色はとても楽しそうだ。地獄にも行けませんよ。夏見はディーノが使っていた拳銃を太宰の心臓の上に押し当てた。



「私も太宰さんも閻魔も吃驚して椅子から落ちるぐらいの悪人です。…二人仲良く煉獄に堕ちましょう」



そして、黄金の草原で静かに眠りましょうよ。もう、眠いです。



「煉獄、か…。…ああ、私と君にピッタリな所だ」



夏見の母親を撃った拳銃を夏見の心臓の上に押し当てた太宰は最後に、



「――――――――――――…」



綺麗に微笑んだ後、或る言葉を紡いで引き金を引いた。



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