午前11時。朝食と云うには遅く、昼食と云うにはまだ少し早い時間に食パンで有名なパン屋のカフェブースで苺トーストとオレンジジュースを頼んだ夏見と、蟹グラタン風トーストとホット珈琲を頼んだ太宰。さっきまで、伊太利亜マフィアの頂点にいたマフィアの拠点に乗り込み戦っていたとは思えない程、のんびりとしている。オーダーを通したのはついさっき。早く来ないかなと待つ夏見に対し、太宰はあの地下で発見した日記を読んでいた。面白いですか?頬杖をつき、カラーコンタクトの黒瞳で日記を見つめる夏見が問うた。



「気になるなら渡すよ。君の母親の物だからね」

「要りませんよ。今更、何が書かれていてもちっとも興味ありませんから」

「…」



何時かは、彼女に読んでほしい。否、読まないといけない。此の日記には、彼女が知らなければならない事が全て綴られている。本当の母親が別にいたと聞いても心が動かない、其の裏側にある心情を太宰は察しても口にしない。そう、と答えるとまた日記に視線を落とす太宰から顔を逸らした夏見は窓の方を向いた。遠くからパトカーのサイレン音が聞こえる。壟忱組跡地に向かう警察や軍警の車を何台も見掛けた。凡て遅いのに。

数分ぐらい経つと苺トーストとオレンジジュースが夏見の前に置かれ、少し遅れて蟹グラタン風トーストとホット珈琲が太宰の前に置かれた。待ってました!と云わんばかりに夏見は苺トーストにかぶりつき、日記の間に一枚の紙を挟んだ太宰は膝の上に閉じた日記を置いて、珈琲を口に含んだ。『うずまき』のマスターの作る珈琲程ではないが中々の味。

朝から何も食べていなかったからか、あっという間に苺トーストを平らげた夏見と違い、太宰はまだ半分残ってある。



「ふう、ご馳走さまでした。美味しかった」

「其れは良かった。連れて来た甲斐があったよ」

「太宰さんはこの後如何するんですか?」

「探偵社に戻るよ。一応遣る事があるしね」

「そうですか。私は如何しようかな…学校サボったから、バイトには行けないし」



あ、女将に嘘で風邪引いて学校休んだからバイトに行けませんと連絡しておかないと。今日一日何をして過ごそうか考える夏見は、不意に四年前出会った彼の人を思い出した。そうだ、彼処に行こう。ひょっとしたら、居るかもしれない。横浜に戻ってから、ずっと探している彼の人が今何処で何をしているのか。分からなくても、彼の人と約束したのだ。



『一度交わした約束は守るものだ。抑、約束は守る為にするんだ』



「(約束…)太宰さん」

「ん?」

「今度でいいんで、私の依頼受けてくれますか?」

「おや、夏見ちゃんが?」

「はい。私、横浜に戻ってからずっと探している人が居ます。でも、全然見つからないんですよ」



何処行っちゃんだろう…彼の煙草のお兄さんは…。懐かしそうに遠くを見る夏見を黙って見詰める太宰。煙草のお兄さん、其の呼び方に心当たりがあった。彼が云ったんだ。



『最近、太宰とよく似た女の子に会った』

『太宰君に?其れは…将来が残念で可哀想ですね』

『安吾?其れ如何いう意味?織田作、私に似た女の子ってどんな子?』

『太宰と同じで死に場所を探している。だが、彼の子とお前では死にたがる理由が恐らく違う』



四年前、其所にはマフィアに居た頃の太宰が居て、二人の友人が居て、黒社会で生きる中で、立場や身分を忘れて三人揃って何時もの店で顔を合わし酒を飲むのが何よりも楽しかった。四年前に戻る事は不可能だ。一年後三人の内、一人は元の所属組織に帰り、一人は――――死んだのから。



『彼の子を頼む………俺の小さな友人…“雪平夏見”を』



どんな時でも思い出せる織田作の最後の言葉。太宰は友人との約束を果たす為マフィアを抜け、もう一つの約束を果たす為夏見を気に掛けている。

会いたいなぁ、会って色んな事話したいなぁ、と織田作に会いたがっている彼女に織田作は既に此の世を去ったと云えば、どんな反応をするだろうか。



「…さて、そろそろおいとましようか」

「はーい」



何れも此れも話すにはまだ早い。太宰が伝票を持って席から立つと同じく立ちレジへ向かった。



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -