突如ビルを襲った大きな揺れ。バランスが保てず倒れた夏見と違い、太宰と中原はそれぞれ着信を知らせている携帯に出た。



「広津か、何が起きた」

「やあ国木田君!そっちはどう?」



こんな大きな揺れの中良くバランスを保って携帯に出られるものだと場違いにも感心してしまう。二人の会話の内容はほぼ同一のものだった。曰く、地下に仕掛けられていた高性能爆弾が爆発したとの事。恐らく時限式。“死の幽鬼”の下っ端は最初に乗り込んだポートマフィアにほぼほぼ壊滅させられ、幹部と首領は此の場に居る三人が片付けた。揺れが収まると太宰の手を借りて立ち上がり、窓から外を見下ろした。二階辺りは既に炎に呑まれ、とてもじゃないが階段で降りて逃げるのは不可能。



「如何逃げたら…」



ふと、上を見た時、咄嗟に或る事を閃いた夏見が太宰と中原を呼ぼうとした時、又もや大きな揺れが発生し、バランスを崩した夏見は尻餅をついた。また爆発?と思ったのは正しかった。矢張り何でもない様に立っている太宰が手を伸ばした直後、床に皹が出来、二人の間を噴出した炎が遮った。



「夏見ちゃん!?」「雪平!?」

「何でこうなるのお!?」



唯一助かる術のある屋上へ行く出入り口方面には太宰と中原。けれど、夏見の唯一の逃げ場は窓のみ。五階からの飛び降り…無理だ。他に方法は?考えてる内に、炎が噴出した事によって室内が燃え広がり、長く此の場に居る事は焼死するのも同等。激しく燃え盛る炎の向こう側から、二人の声がまだ聞こえる。



「雪平!自分が出した炎以外は操れねえのか!」

「無理云わないで下さいよ!(此の炎を消し去る方法はある…っ、あるけどっ)」



炎さえも焼き尽くすもう一つの炎。例え、自分が絶体絶命の寸前でも使いたくない。だが、今此の場に居るのは夏見一人じゃない。大切な友人が居る。



―――使うか…使わないか…なんて………ッ



「使わなきゃ死んじゃう…!」



自分一人死ぬのなら全然構わない。誰かが死ぬのは嫌だ。建物凡てを呑み込まんとする炎の中に左手を入れた。



「焼き尽くせ」



夏見の手を介して赤い炎を黒い炎が食らっていく。業火を食らう黒炎の様は正に捕食。捕らえた獲物を獣が食らうの如く炎を食らい尽くした黒炎を消し去ると夏見は「ふうー」疲れた様に息を吐き出し、二人を見た。ら…何故か頭を叩かれた。中原に。



「私叩かれる様な事しましたか!?寧ろ、良くやったなって撫でる所でしょお!!?」

「手前見てると無性に叩きたくなる」

「横暴だあああ!!」

「夏見ちゃん私も構ってよ」

「そういう問題じゃないでしょ!?」



何なんだ此の二人。矢張り似た者同士だ。人のペースを悉く乱してくるのはあれか?嫌がらせか?

頭を抱えたくなった夏見の耳に二つの着信音。先程も聞いた太宰と中原の携帯からだ。二人は出た。



「お、今度は谷崎君か。うん、消えたね。理由?うーん…話してあげてもいいけど、」

「炎が消えた理由?…あー、」



二人とも、電話の相手から無事を確認されると炎が消えた理由を問われていた。目の前に居る女子高生が実は火炎操作の異能力者で炎を消したのも彼女の仕業です。と、云えばいいだけ。いいだけだが、簡単には云えない。

太宰は、昨日国木田に渡したメモに幽鬼の貴婦人の事を書いていない。壟忱組跡地で伊太利亜系マフィア“死の幽鬼”が事件の裏で糸を引いているとだけ書いた。連中が太宰と中原を狙い、娘である夏見を連れ戻しに来たとは一言も書いていない。炎が消えた理由についても、彼女が異能力者だと説明するのはまだ早い気もする。適当な理由も見当たらず、谷崎には私にも分からないとはぐらかした。

一方、首領に幽鬼の貴婦人が居たら連れて帰る様命令されている中原は、炎が消えた理由と共に其れも如何するか頭を悩ませていた。首領の命令は絶対だ。逆らおうとは思わない。けど、ポートマフィア本部に連れて行けば夏見は間違いなく陽の世界で生きるのは難しくなる。首領が彼女の異能力を知れば確実にマフィアに勧誘する。条件も無く炎を自在に操れる能力は希少価値が高く、彼女自身能力の操作(コントロール)は巧い。陽を求め、危険を承知で日本まで逃げて来た夏見をまた陽の届かない世界に引き摺り込む事に手が引ける。なのに、手元に置いておきたいとも思える。返事を促す電話の相手に「俺にも分かるか」とだけ云い、電話を切った。

二人同時に電話を切った。タイミングも同じなんて…やっぱり相性良いんだ此の二人。などと、二人が聞いたら激怒しそうな感想を心に隠し、死んだ父親の方へ近付いた。



「…」



四年前、最後に父を見たのは何時だったか。ああ、ナポリで富裕層だけで行われる舞踏会に参加していた企業の社長殺しの報告をして以来だったか。一度の失敗でさえ許さない厳格で冷酷な父親はずっと大きく、恐ろしかった。あの冷たい瞳に射抜かれるだけで何度背筋が凍っただろう。…けれど、今地面に横たわる父にそんな面影は一欠片もない。服の上からでも分かるぐらい鍛え抜かれた身体はすっかり痩せ細り、髪もよく見ると白髪が多い。たったの四年で、自分が逃げたあの日から何が起きたのか。



「…ま、興味ないや」



最早、関係のない事だから。



「…」



よいしょと立ち上がり、「私朝御飯食べてないですお腹減りました中原さん」「俺に飯を要求すんのは手前くらいだ」中原と軽口を叩き合う夏見に、母親が書いた日記を渡すタイミングは何時だろうかと見計らう太宰だったが、両親に一切の興味を示さない今の夏見に渡しても無駄だと悟り暫く自分で預かる事にした。最後の数頁は日本語ではなく、外国語で書かれていた。誰が書いたか、聞かなくても分かる。父親が書いたのだ。娘の教育を間違えた父親が最後に何と綴ったか…先の楽しみにしておこう。

外からパトカーのサイレンが届く。



「あ、軍警だ」

「ほらほら中也早く行かないと。子供が朝からこんな所にいちゃお巡りさんに“学生が学校をサボるな!”って、怒られるよ?」

「手前何時か絶対殺す……つか、其れなら雪平、今更だが学校は如何した」

「ホントに今更ですね。サボりました」

「開き直るな」

「今日は仕方ないじゃないですか。そんな事より、お腹減りました!中原さんのオムライス食べたいです!」

「阿呆云うな!此方は仕事だ。朝飯ぐらい一人で食ってろ。晩飯は連れてってやる」

「わーい!」


また一人放置を食らう処か、(かなり)仲の良い二人を見せつけられ全然面白くない。太宰は夏見の後ろから抱きつき「朝食は私と食べよう夏見ちゃん」と誘い、断る筈もない夏見は大喜び。「珈竰食べたい!」「却下」「食パンで人気なカフェ」「いいよ」食事で釣られる夏見を見ていると、何時か食事という誘いを受けて誘拐されそうだなと不安が過った大人二人だった。


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