飄々と現れた太宰が持っていた一冊の日記。愛する娘への愛情や娘の成長が書かれた日記を書いたのは四年前太宰と中原に殺された夏見の母親。然し、



「夏見ちゃんがずっと母親だと思っていたのは、血の繋がりがない赤の他人。本当の母親は夏見ちゃんを産んだ直後、重い肺炎に掛かり日本へ帰国している」

「っ貴様…日記を全部読んだな!?」

「実に興味深い事ばかり…って、おーい、夏見ちゃーん、ちゃんと聞いてるー?」

「………へ?!は、はい、聞いてます、聞いて…ます…うん…」



父親の異能力を受け継がれなかったせいで能無しだと罵り、暴力を振るい続けた母親は赤の他人で、本当の母親は別にいた?今更そんな話をされても現実味が丸でない。太宰に頷いては見せるが実際は頭の中は動揺で埋め尽くされていた。なら、ずっと母親だと思っていた女は誰なのか。答えは太宰が云った。



「夏見ちゃんが母親だと思っていた女性は貴方の最初の夫人だと書かれていた。エルヴィアは聞き分けが悪くて手の施し様がない程悪い子だ。そんな子には多少なりとも暴力で分からせてあげないといけない、だからエルヴィアに対する教育に行き過ぎな部分があるかもしれませんが凡てエルヴィアの為なんです…第一夫人はそう本当の母親に手紙を送った様だけど、」



途中言葉を切って夏見を見た太宰。「実際は教育でも何でもない、只の虐待だった」過去の話をしている時、夏見は太宰の胸先に顔を寄せ俯いて表情はよく見れなかったが声色だけでどんな気持ちだったかは分かる。暴力から逃げる為に、血と死の深海にまで浸り、幽鬼の貴婦人とまで云われるようになった。父親に見てほしくて、母親に愛してほしくて…。

母親だと思っていた女は別人、本当の母親は殺されていた。四年前出会って、最初から波長が合って仲良くなれた太宰と隣人以上の感情を持ち合わせた中原に。グルグルグルグルと回る記憶。それらを整理し、一つに纏めて漸く夏見は口を開いた。



「…要するに何ですか、私の本当のお母さんは太宰さんと中原さんに拷問されて殺されて、私がお母さんだと思ってた人は他人」

「ねえ夏見ちゃん、此処に来る前私は君に聞いたね。君の母親を殺した私と中也を恨むかい?って。君は如何でもいいと云ったけど…今でも、同じ事が云える?」



云える筈がない、と解りきった事を平気で宣う太宰を苛立ちげに見やる中原を他所に夏見は「云えますよ」と溜め息と共に答えた。これには太宰も面を食らい、中原は驚いて夏見を見た。



「もしも、四年前本当の母親に出会いその後二人に殺されたというのなら、私は太宰さんと中原さんを恨みました。寧ろ、殺して炭化する程燃やします。けど、私の中の母親は毎日毎日飽きもせず娘を能無しと罵倒しては暴力を振るう最悪な母親です。本当の母親が別に居たと聞かされても今更如何とも思いません」

「エルヴィア…っ、お前は何を云っているのか分かっているのか?涙香を…母を殺した此奴等を許すと云うのか?」



喉の奥から絞り出した掠れた声を聞いただけで腹の奥に溜まった黒いものが一気に溢れ出そうになるのを抑え、冷酷で感情を一切無くした真紅の瞳がドンに向いた。



「Non un pazzo.あんたこそ何を云ってるのか分かってますか?相手が家族だろうが、友達だろうが、恋人だろうが、敵対する者ならば容赦なく殺せと叩き込んだのは他でもない―――」



幼い頃耳に栓をしたくなるぐらい刻み込まれた言葉、誰であろうと殺せ。其れを教えた本人が己の妻を殺した男達より父親を殺そうとする娘が理解出来なかった。地を蹴りドンとディーノに向かって突進した夏見を傷が無ければ美しかったであろう顔を鬼に変えたディーノが弾丸を足元に威嚇射撃した事で動きを止めた。が、拳銃を持つディーノの右腕が燃えた。何の前触れもなく出現した炎に右腕を焼かれる苦痛に絶叫を上げる。ディーノの右手から落ちた拳銃を即座に拾い、寸分の狂いもなく頭を撃ち抜いた。炎を消すと右腕は黒焦げとなり皮膚が焼けた嫌な臭いが臭覚を刺激した。

夏見は銃口をドンへと向けた。

ぼそぼそと「嘘だ…エルヴィアが…私と涙香の娘が…私を…」何度も同じ台詞を繰り返し放心とする目の前の男は本当に伊太利亜に居た頃夏見の知っているドン・ボスカチオンなのか?敵なら女子供、老人だろうが病人だろうが、誰だろうが殺せと伊太利亜の殺戮と血の世界の頂点にいた男なのか?

可笑しいな。父娘喧嘩しに来たのに。これでは一方的に娘が父親を追い込んでいる風にしか見えない。

引き金に掛けた人差し指を引くだけで凡て終わる。さっさと引き金を引けばいいものを、引けない。父を殺した翌日にはまた元の日常が戻る。幼い頃からの夢だった“普通”の日常が。



「夏見ちゃん」



出入り口付近に居た太宰が何時の間にか夏見の隣にいた。驚いて此方に振り向いた夏見に微笑んで見せた太宰は、包帯を巻いた手を拳銃を持つ夏見の手と重ね―――引き金を引くのを躊躇する指の上に自身の指を重ね引き金を引いた。銃口から発射された弾丸は真っ直ぐとドンの額に抉り込み、頭蓋骨と脳を砕いて後頭部から出てくると床に衝突した。傷口から噴き出す血が二人を汚す。



「なん…で…」

「おや?君は父娘喧嘩をしに来たと云ってたじゃないか。君が引き金を引いて父親は死んだ。此れで事件は、敵組織の頭を潰した事で終わりだ。強制的に。良かったじゃないか、夏見ちゃんもやっと過去の柵から解放されて」



良かった、な訳あるか。人の良い愛想笑いを浮かべる太宰を呆然と見上げる夏見を後ろに隠した中原が目力で人一人殺せる殺気を太宰にぶつけた。



「最初から此奴に始末させる気だったのか」

「黒社会から逃げ出し、陽の当たる場所を求めるには相応の代価が必要だ。彼女が過去の忘れ物を置いたままでは、何れまた陽の当たらない世界に引き摺り戻されるのは目に見えている。なら、彼女自身の手で凡て終わらせるのが合理的且つ、有効な手段だ。…ねえ夏見ちゃん、」



太宰に呼び掛けられ、夏見が顔を上げた時だった―――…

ビル全体が揺れる大きな地震が発生した。否、地震じゃない。



「…爆発?」



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