―――昔、たった一度だけ父親に褒められた事があった。


『Ben fatto!Come previsto,mia figlia』


嬉しかった。父さんが初めて私を見てくれたことが。…例え、人を殺して褒められたとしても、相手が生まれて初めて出来た友達だったとしても。父さんが褒めてくれれば、きっと母さんも褒めてくれるようになる。悲鳴を上げる心を鬼にして、やっと仲良くなれと思えた人達を自分の手で何人殺しただろう。気付くと私の回りには何時も死体しかなかった。生きた人間が私の側にいる事は無かった。父さんに褒められるのも無くなった。たったの一度だけしか、父さんは褒めてくれなかった。…母さんは、一度も私を褒めなかった。今に思えば、父さんは私を冷酷な殺し屋に育てたかったのだろう。友達だろうが、誰だろうが殺せる…。だからかな、殺した人の殆どが私の友達だったのは………。









中原が蹴飛ばした扉の向こう側。太陽の光を差し込んだ昼の広い部屋の奥―――一人掛け用のソファーに白金色の髪の男性が座っていた。アイスブルーの瞳が真っ直ぐと二人を…否、夏見を射抜いていた。厳格な雰囲気を漂わせる中年の外国人の男こそ、夏見の父であり“死の幽鬼”首領ドン・ボスカチオン。四年ぶりの再会だと云うのに感動も嬉しさも何もない、あるのは殺意と嫌悪のみ。太宰が云うには、敵は自分と中也の首を取り、娘を連れ戻すのが目的らしいが何度考えても夏見には、裏切り者を殺しに来たとしか思えない。ファミリーの血の掟を破った夏見を殺すために遙々日本の土地に足を踏み込んだのか、随分と仕事熱心な事だと悪態をつきたい。



「Dopo un lungo tempo,Eruvia(久しぶりだな、エルヴィア)」



四年ぶりの父親の声、何も変わっていない。



「Sono stato sorpreso di sentire che siete in Giappone.Perch , fuggito in Giappone?(君が日本にいると聞いて驚いた。何故日本へ逃げた?)」

「Non relative al pap .Per voi a venire a uccidere un traditore per il Giappone,disagi veramente.(父さんには関係ない。裏切り者を殺しに日本まで来るなんて、本当ご苦労な事だね)

In?Che uccidono la destinazione mafia che ha ucciso il traditore e sua moglie?(で?裏切り者と自分の妻を殺したマフィアどっちを先に殺すの?)」

「Non c' alcuna ragione per lui lo stesso di te.perso il contatto da Ruiko ha detto che si trova in Giappone, non riuscivo a credere alle loro orecchie per quello che ho sentito da un paio di giorni pi  tardi subordinati. (お前と其奴を同じにする筈がない。日本でお前を見つけたという涙香からの連絡が途絶え、数日後部下から聞いた連絡に私は耳を疑った。)

Ho sentito dire che la moglie e la figlia sono stati uccisi in Mafia del Giappone amore !(愛する妻と娘が日本のマフィアに惨殺されたと聞いてな!)」

「Figlia?L'ucciso   stato sentito che solo la madre.(娘?殺されたのは母さんだけだと聞いたけど)」



伊太利亜語で繰り広げられる会話についていけない人間が一名いるのを忘れ、夏見は殺されたのが母親と娘だと知らされたと云うドンの言葉に疑問を感じた。太宰から聞かされたのは、母親を拷問の後殺して廃棄された倉庫に捨てたという事実。私が含まれているのは何故?母親の拷問に関わっていた中原にさっきの会話の内容を伝えると―――



「あぁ…あれか…太宰が用意した偽物の話だろうぜ」

「偽物?」

「手前が彼の女の探してる娘だと知った太宰が部下に拐わせて手前そっくりにさせて、原形が分からなくなるぐらい暴行した餓鬼を娘だと偽ったんだ」

「さ、拐ったって…子供を…?」

「どうせ、貧民街で拾わせたんだろうな。身寄りのない餓鬼が如何なろうが俺達には一切関係ない上に変に足がつくこともない」

「…」



無関係な子供を自分に仕立てて殺した?母親を吐かせる為に?自分の所為で罪も無い子供が原形が分からなくなるぐらい暴行されて死んだ?

母親が拷問の末殺されたと聞かされても感情が動かなかったのは、母親に対して何の感情も持ち合わせていなかったかだら。けれど、今の話は訳が違う。自分のせいで無惨に殺された?グルグルグルグルと其の事実だけが夏見の頭を駆け回る。「中原さ…」言い切る前に中原に抱えられ飛んで扉から離れた。自分がいた場所は倒した筈の三つ子の一人が鉄パイプを降り下ろしていた。



「ちっ…まだ生きてやがったか」



幼い頃から、日本は世界で一番安全な国だと婆やから聞かされていたから、危険を承知で婆やの手助けで或る老夫婦と共に日本へ遣って来た。横浜で、最初に出会った煙草を吸う不思議なお兄さんに雪平夏見と云う名前と狸の人形を貰い、河川敷でずぶ濡れの太宰と太宰を探していた中原に出会って朝食を食べて、老夫婦の家がある青森に行く最後まで会った煙草のお兄さんに或る頼まれ事をされ、二年後横浜の地に帰ってきた。

―――婆や…日本が世界で一番な国っていうのは嘘だったみたい

日本も変わらない。否、何処の世界のマフィアは変わらない。平気で人の命を弄び、用済みとなれば捨てる。自分が居た場所だって、自分だってそうだ。

中原に下ろしてもらった夏見は其所から微動だにしない父親に真紅の瞳で見返した。



「 Pap . No, capo! I giorni non Datte un giorno ho pensato che il padre si!(父さん。いいや、ボス。私はあんたの事を父親だと思った事は一度もない!)」

「!?」

「Eruvia!Pensare maleducato a tuo padre…!(エルヴィア!貴様、父上になんと失礼なことを…!)」

「SHUT UP!Molte volte dicono!」



夏見の異能力『殺してもいい命』の炎がドンの周辺を呑み込み「Non dovrebbe essere in conformit  di nuovo. Per uccidere te, sar  libero!」と叫びながら、袖の中に隠していたビルの前で死んでいたポートマフィアの構成員から拝借した小型拳銃で三つ子の脳幹を撃ち抜き、炎の中にいるドンにも銃口を向け、引き金を引こうとした瞬間―――!



「待ちなさいっ!此奴が如何なってもいいの!?」



唯一の出入口付近で死んだ三つ子の死体を踏んで怒声を上げた女の顔を見て息を呑んだ。顔に刻まれた無数の傷跡。中には縫われた跡もある。然し、女の顔よりももっと顔を真っ青にするものがあった。長身の女に引き摺られる様に出された頭から血を流した―――



「…って、誰其?」



夏見が指指した。女が馬鹿を云うなと嘲笑うが本当に誰だ。砂色の外套を着ているからてっきり太宰かと思ったがよく見ると全然違う。腕や頸に包帯は巻かれてない、そもそも顔が違う。均整に整った秀麗な美青年が一日で強面のおっさんになる筈がない。女が確認の為見下ろすと驚きに目を見張っているとこから、何時入れ替わったのかは分からない。「ディーノ!早く私を此処から出せ!」炎の中からドンが叫んだ。ディーノと呼ばれた女はビクリとしながらも夏見と中原に銃口を向けた。



「エルヴィア!父上を其所から出しなさい!」

「日本語喋れるんじゃねぇか手前の親父」

「みたいですね。初耳」

「手前も一丁前に伊太利亜語で喋りやがって、此処は日本だぞ?日本語で喋りやがれ!」

「痛っ!」



中原にまた頭を叩かれ、八つ当たりされた。向こうが伊太利亜語で話し出したのだ、此方も伊太利亜語で対応しないといけない。また脳細胞が何億個も消滅したと騒ぐ夏見を黙らせ、ディーノが此方に向かって来るのを見て中原は口端を吊り上げた。人間とは思えない速度のディーノの蹴りを夏見を抱え容易く避けるとディーノの背後に回った。重力を纏った蹴りでディーノをドンの元まで蹴り飛ばした。そのままドンと共に飛ぶかと思ったが、炎の渦の中心にいたドンが炎から脱出しディーノを受け止めた。炎から出たドンの身体に燃えた痕跡がない。

如何して?夏見の炎に燃やせないものは一切存在しない。太宰の異能力と同じだ。太宰の異能力も例外はない絶対の力。



「も、申し訳ありません…父上」

「っこの役立たずが!!私の手は煩わせるなとあれ程云ったのにも関わらず…!!」

「かはっ!?」



敵を倒せず、敵に蹴り飛ばされ父の手を煩わせた。父親に腹を蹴られ、顔を踏みつけられるディーノの姿と―――



『役立たず!能無し!お前等生まれてこなければ良かったのに…!!』



母親に虐待されていた自分の過去が重なった。嫌だ、嫌だ、思い出したくもない。口の中が異様に乾く。身体が無意識に震える。誰か、アレを止めて………

真紅の瞳が光を纏った時だった…

「はぁーい!そこまでだよ過激な御父上殿」呑気な台詞と共に響いた銃声。ドンは血に染まった左肩を抑えたまま出入口の方を睨んだ。夏見もハッとなって振り返り、最悪な声に振り返りたくもない中原は誰が見ても分かる程の嫌悪を醸し出していた。出入口で三つ子の死体を踏んで発砲したのは、トレードマークの砂色の外套を着ていない太宰だった。太宰が持ち上げた一冊の本を目にし、ドンは怒りで目を見開き叫んだ。



「貴様ッ…其れを返せ!!其れは涙香が私の為に書いたエルヴィアの記録だぞ!?」

「え」

「そう。此の本には、四年前私と其所に居るちびが殺した御夫人の娘への愛情が綴られている。けど、貴方の娘の云う母親と四年前の御夫人は別人だ」

「………え」



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