―――壟忱組

嘗てはポートマフィアと一、二を争う犯罪異能組織だったがたった一夜にして滅ぼされた。滅ぼしたのは黒社会最悪の二人組“双黒”。壟忱組の跡地だった五階建のビルは今でも激闘の痕跡が生々しく残っていた。然し、現在進行形でまだまだ破壊されている建物の中に入って行って帰って来れるかが心配な夏見を余所に、太宰は出入り口付近に転がる黒服の外国人達を見下ろした。随分と解り易い場所に刺青があるお陰で彼等が“死の幽鬼”の構成員だと判明。太宰が夏見を呼び手招きした。



「如何やら、私達より先にお邪魔しているのがいるらしい」

「見れば分かりますし、中から銃撃やら爆発音が聞こえますから」

「だね。…行くかい?」

「…勿論。一応これ、父娘(おやこ)喧嘩ですから」



太宰が母親を拷問した挙げ句殺した。夏見にとっては、至極如何でも良かった。母親が日本に来ていた事実には驚いたが其処で母親がどうなろうが知った事じゃない。そう云った夏見に予想通りの反応で良かったと太宰は張り付けた笑みを見せた。太宰と中原の見た女と夏見の母親の別人説は頭の片隅にでも仕舞い、真紅に染まった瞳を壟忱組拠点だった建物に向けた。



「行こう太宰さん。ポートマフィアとは云え、死の幽鬼の罠に掛かれば全員死にます」



父親と異母兄姉が何人来ているかは知れないが夏見が伊太利亜にいた頃、たった一度だけ使ったアレはとても気分の悪いものだった。ポートマフィアが全員死ぬのは如何でも良いが夏見を一人で行かせる訳にはいかない太宰は頷き、夏見と建物に入った。






*********



中は矢張想像通りの惨状だった。ポートマフィアと死の幽鬼の構成員の死体があちこちに転がり、硝煙や血の臭いが充満していた。ただ、数で云うとポートマフィアの構成員の死体の数より、死の幽鬼の構成員の死体の方が多い上、死体の形状がエグい。顔半分潰れているのもあれば、腹に大きな穴があったり。グロテスクなのが苦手な人が目撃すれば嘔吐しそう。壁も当時の傷に上乗せされ更に壊れている。



「派手ですね」

「はあ…最悪。否分かってけどね、敵が四年前の御夫人の敵討ちに来てマフィアが誰を来させるかぐらい…」

「太宰さん?」



最悪あー最悪と急に機嫌が急降下した太宰に首を傾げる。何がそんなに嫌なんだろうかと思っていると「あ、」と声を出され、此処から行こうと非常階段を提案された。矢張りと云うか、此処にも両組織の構成員の死体が幾つかあった。表の階段より裏から回った方が良さそうだし、下手に銃撃戦に巻き込まれる可能性は低いだろうと判断し、二人は早く、慎重に階段を上がった。

遠くから届く銃撃や人の声。追加して破壊音も。階段を上がりながら、死体の中に有り得ない方向に曲がったのがあったりと目にして気分が良いものじゃない。階段を上がっていると急に太宰が「止まって!」夏見を抱き締め自分の身体に隠し上を向いた。上階から響く足音。上へ行くか、下へ戻るか、どちらの足音か判別していれば、相手は突然手摺から身を乗り出し下を見た。―――そして、二人に気付き



「まだいたぞ!!!」



仲間に向かって叫んだ。顔に死神の刻印があるので相手は死の幽鬼。増える足音に太宰が小さく舌打ちすると夏見は太宰の腕を引っ張り、走ります!と駆け出した。上階にいる敵が機関銃の銃口を此方に向けた刹那、相手の身体が突然炎に包まれた。苦しみに悲鳴を上げる敵は手摺から落ち、そのまま冷たいコンクリートと熱い抱擁を交わした。他の敵も次々に炎に呑まれていき、太宰と夏見が敵がいた辺りまで上った頃には全員炎に包まれ下に落下したかコンクリートの上でのたうち回ってるかのどちらかだった。3と書かれた立札が扉の横にあった。



「まだ三階か…ドンは多分最上階にいると思います。早く行きましょう」

「その前に夏見ちゃん。さっきの炎…君の異能はもしや、」

「はい。炎を操る異能です」



夏見の異能力『殺してもいい命』は、視界に映る凡てのものを灰に還す火炎操作の能力。己が分身の如く炎を操れる。また、マフィアとして極めた体術も相当なもので、これまで幾度も夏見を助けてきた。炎の使い方を熟知し尚且つ、マフィアとして必要な戦闘術・体術を身に付けた夏見を“死の幽鬼”が野放しにする筈がなかった。けれど、ポートマフィアも油断ならない。奴等の事だ、きっと夏見が“死の幽鬼”最悪の殺し屋幽鬼の貴婦人だと知っている筈。

上に行こうにもシャッターが降りているだけでなく、爆弾が設置されているのを見て此処からは非常階段では無理だと悟り、仕方なく扉を開けた。…のが悪かった。

少し顔を出した夏見の前を時速何キロ出ているのかと問いたくなる速度で横切った人間。タラリと冷や汗が出た。派手な音をして壁に激突した人間は瓦礫に埋もれ出てこない。そりゃそうだ。一体誰が、と人間が飛んで来た方角を見る前に誰かに腕を掴まれ壁に押し付けられた。



「痛っ!」

「…何をしに来やがった」



この声…

痛む背中や後頭部を気にしつつ相手を見上げると其処には、隣人であり四年前太宰と一緒にいた中原だった。然し、今の中原の表情は夏見が見掛ける隣人ではなく、ポートマフィアの幹部の中原中也だった。久し振りに感じた強者の殺気が長らく蓋をしていた感覚を刺激する。ドスの利いた声で問われ、夏見は中原の目を逸らさず見つめ返した。逆に中原は、黒い瞳が真紅の瞳に変色…否、元に戻ったのを見て夏見が奴等が連れ戻したがっている幽鬼の貴婦人なのだと改めて実感した。



「喧嘩です。生まれて初めて父親と喧嘩しに来ました」

「帰れ」

「嫌です。私のせいで横浜の皆さんに多大な迷惑を掛けました。中原さん達にも。だから、私が片付けないといけないんです」



誰にも、何も云わず、逃げる様に横浜に足を踏み入れ、こんな事になってしまった。誘拐された被害者達は如何なっているのか、一番気になる事を中原に訊ねた。自分が予想している通りならきっと、



「素っ裸で磔られておまけに臓器を全部取った状態でうちの本部に送り届けられたぜ」

「…やっぱり」



そうなってしまったか。殺された被害者の苦しみや痛みを思えば、こんな所で立ち止まっている訳にはいかない。前を塞ぐ中原から逃げ出そうとしたが動きを先に読まれ肩を壁に押し付けられた。容赦ない力だ。痛い。



「全部手前だけの問題だと思ってんのか?自分が行けば全部解決するとでも思ってんのか?」

「っ、父親の目的に中原さんと太宰さんの命が含まれているのは知っています」

「手前…何でそれを、」

「太宰さんから聞きました。太宰さんと中原さんが四年前私の母親を殺したことも。ドンが母親の敵討ちで二人の首を狙い、私を始末しようとしているのも」

「ちょっと待て、真逆…此処に太宰がいるってのか?」

「?はい。私、太宰さんと一緒に来たんです。…あ、そういえば太宰さん何処行ったんだろ。さっきから全然出て来ない」



三年前突然姿を消した人間試験を受ければ確実に零点を取るだろう彼の男がいる?中原が挙げる嫌いなもので真っ先に出てくるのが太宰である。因みに、太宰の嫌いなものにも中原の名はある。お互いがお互いを嫌っているのにも関わらず、黒社会最悪の二人組だと恐れられるのだから世の中分からない。プルプルと震え始めた中原に首を傾げ、太宰さーんと呼んでも出て来ないし気配も感じないから違う場所へ向かったらしく、夏見から離れた中原は夏見の頭に拳骨を一つ落とすと帽子を被り直した。



「“死の幽鬼潰”すついでに太宰の木偶も潰してやらァ。雪平、手前も来い」

「っ〜〜〜!さっきは帰れとか云ったくせにいいいいい!!!」



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