昨日、太宰に電子手紙で指定された場所まで赴いた夏見。横浜南部の端、廃れたビルが建ち並ぶ開発跡地に呼び出されどんな話なのかと緊張と不安を抱え、倒れた電柱に座り本を読む太宰に近付いた。「太宰さん」と呼べば太宰は本を閉じて夏見を見た。愛想の良い笑顔ではなく、相手の内を奥深くまで見透かす眼差しを向けられ、無意識にでも恐怖を感じた。



「待ってたよ夏見ちゃん。学校を休んで来てもらったのには理由がある」

「…はい」



此処に座ってと隣を叩かれ、おずおずと腰を下ろした。



「君も知ってる『連続婦女誘拐事件』
犯人は特定の人間を三人探している。一人は連れ戻したい娘、残り二人は百回死刑にしても足りない程憎んでいるマフィア。其の連れ戻したい娘というのは、」



太宰は一拍置いて告げた。



「君だろ?夏見ちゃん。…否、エルヴィア」

「っ!?」



太宰から出された名前に大袈裟な程肩が跳ねた。誰にも教えていない本名を彼が知っている?何処で?



「何処で私の本名を知った?っていう顔だね。教えてもあげてもいいけど、先に私の質問に答えてくれるかな?」

「…はい」

「君が日本に来たのは如何して」



前にも同じ質問をされた覚えがある。最近じゃない、ずっと前に―――



『君は何処の国から来たの?』

『伊太利亜』

『随分と遠いね。日本へは家族旅行に?』

『ううん。違う。お兄さんには教えない』

『おや、つれないね』



四年も前だったか。漸く手に入れた自由を満喫している時に、河川敷でずぶ濡れの頭や頸、両腕に包帯を巻いた青年と出会ったのは。最初から波長が合ったのか、仲良しになって朝食と昼食をご馳走になった事があった。青年の名前を夏見は聞かなかった。青年も夏見の名前を聞かなかった。太宰を見上げた。あの青年と太宰の姿がゆっくりと重なっていく。ああ、道理で会った気がした。夏見は砂色の外套を握り太宰の胸先に頭を寄せた。



「太宰さん…太宰さんは、親の有る子が幸せだと思いますか?」



唐突に投げられた問いに太宰は「一般論じゃ幸せだろうね。まあ、必ずしも親のいる子が幸せとは限らないけど」と答えた。親に虐待を受けている、父親と母親の不仲に巻き込まれる、兄弟姉妹を可愛がり自分だけは見てくれない、等、親有る子が幸せだというのは絶対じゃない。夏見は喉から絞り出した声で「私も同意件です。私の両親は…」数拍間を置いて、口にした。



「マフィアなんです」

「…」



俯いているせいで夏見がどんな顔をしているかは知れないが決して良いものじゃないだろう。砂色の外套を握る力が強まった。



「伊太利亜系マフィア―――“死の幽鬼”(デス・ファントム)。父親は首領のドン・ボスカチオン、母親は日本人の黒岩涙香。私は父親の13番目の娘で末っ子なんです」

「其れはまた、ご兄姉が多い家庭だね」

「血の繋がりは片方だけなんですけどね。母親はドンの9番目の妻ですから。私が両親に見放されていたのは異能力者じゃないからです」

「其れは可笑しい」



太宰は即座に夏見を否定した。「君は異能力者だ。あの時君の能力を見た私が云うんだ、間違いない」と断言する。顔をゆっくりと上げ太宰を見た。「ドンの子供全員異能力を持ってるんです。然も共通の」引っ掛かる言い方だ。



「ドンの異能は、血縁者に対してのみ異能力を分け与える能力なんですよ」

「だけど、君にその異能は使えなかった」

「はい。けど、DND検査を受けましたが私は正真正銘ドンの娘でした。そこからです、元から見向きもしなかった私に母親が暴力を振るいだしたのは」

「…」



夏見の話を聞きながら、四年前拷問したあの女を思い出す。何度も何度も娘に会いたい、娘に会わせろと喚き、最後は娘の拷問死体に愛を囁いて死んでいった女は確かに母親の顔をしていた。然し、彼女から聞かされる母親は娘を愛する処か無能な娘に激怒し暴力を振るう女。本当に彼の女と夏見の話す母親は同一人物なのか?太宰は「夏見ちゃん」と呼んだ。



「私は彼等の目的は、三人の人間を探し当てる為だと云ったが。君自信、“死の幽鬼”が横浜まで来たのは如何してだと思う?」

「…裏切り者を殺しに来たとしか云えません。此れでも一応、私もマフィアの一員でしたし」



以前、首領に伊太利亜旅行での話を聞かされた事があった。伊太利亜東部の街では、最早都市伝説となっている幽鬼の貴婦人の話を。幽鬼の貴婦人の正体は夏見。幽鬼の貴婦人の容姿と四年前の彼女の容姿は瓜二つ。違うのは瞳の色が赤ではなく黒なところだけ。それでも太宰は自分の予想が当たっていると確信している。ポツリと名を呼ばれた太宰が見下ろすと「私…責任は取ります」何かを決意した黒い瞳が自分を見上げていた。



「連続婦女誘拐事件は恐らく合図です。私の予想が正しければ、今日にでも奴等はポートマフィアに贈り物をした筈です。私を殺し、尚且つ横浜を牛耳るポートマフィアを壊滅させられれば日本に根を張れる。…私が逃げた代償ですかね、これ」



―――だけど、日本に遣って来て後悔はしてない。全く会わなくなった煙草のお兄さん、太宰さん中原さん、武装探偵者の皆さん、色んな人と繋がりを持てた。



今まで自分が仲良くなった人達は皆死んでいった。誰かと仲良くなって死んでいくなら誰とも仲良くならない。独りぼっちの孤独から逃げ出した先の幸福は長く続かない。太宰から離れた夏見は持ってきていた鞄の中からコンパクトサイズの鏡を取り出した。太宰に背を向けた状態で何かをし、終わると鏡を鞄に仕舞い太宰の方を向いた。夏見の黒い瞳は、血に濡れた真紅の瞳に変色していた。否、単にカラコンで黒く見せていただけ。赤い目をしていると気味悪がられると知っていたから、ずっと隠していた。けど、その必要はもうない。



「ずっと逃げてたんです。最後くらい、真正面からぶつかってみます」

「君一人で行かせると思うかい?」

「私の問題です」

「私の問題でもある。最初に云っただろう?敵の狙いは、三人の人間。内二人は、百回死刑にしても足りない程憎んでいるマフィアだと」

「其れが如何し…」



途中で言葉を切った。目の前にいる男が纏う空気が変わった。黒社会に属した者でも滅多にいない―――本当の闇に染まった人間の気配。ぞくりと寒気を感じた。普段の愛想笑いも何もない、黒一色に染まった瞳が夏見を射抜く。



「彼等が百回殺したがっている内の一人は私だよ」

「…太宰さんがマフィアだったから?」

「いいや。君の母親を拷問した挙げ句殺したのが私だからだよ」



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