伊太利亜東部の街では、こんな都市伝説が存在する。

“幽鬼の貴婦人(ファントム・レディ)の姿を見た者は翌日―――首の皮一枚繋がった死体となる”

何時誰が流した噂か知れはしない。実際、幽鬼の貴婦人が如何な人物なのかも不明なのだ。だが、実際に其の様な事が起こるから噂は一人歩きし、やがて都市伝説と化したのだろう。伊太利亜を訪れた際、現地で知り合った伊太利亜人は幽鬼の貴婦人に会った事があるらしい。否、会った、ではなく、助けられた、が正しい。幽鬼の貴婦人は“死の幽鬼”最高傑作の殺し屋(ばけもの)。齢10歳にして何百人もの人間を殺してきた。その伊太利亜人によると幽鬼の貴婦人は、二度と故郷に足を踏み入れない事を自分に血の誓約をさせ逃がしてくれたのだとか。何故逃がされたのか?幽鬼の貴婦人はこう云った。

―――私の気紛れ。早く逃げて。…娘を大切に。

標的であった伊太利亜人には六歳の娘がいた。逃がされた理由が娘がいたからか?と聞くが人物も分からないと首を振った。幽鬼の貴婦人の容姿は?一度たりとも忘れない。白金の髪色に血に濡れた深紅の瞳。そして、まだ年端もいかない女の子。大人になれば、幽鬼の貴婦人の名に恥じぬ美しい女性になるだろう。同時に、“死の幽鬼”史上最高にして最悪のばけものにも。

嗚呼、一つ云い忘れていた。死の幽鬼が敵組織を潰す時合図をするんだ。敵の縄張りでまず女を数十人浚うんだ。其れから三日から五日の間に被害者を敵の本拠地近くに磔るのさ。暴行を加え、挙げ句の果てに体内の臓器を根刮ぎ抜いて、全裸でね。奪われた臓器は臓器密売人に出荷され足取りを追うなんて不可能。伊太利亜のマフィアは其を何よりも恐れている。


道中気をつけてな、日本人。伊太利亜人は手を振って去って行った。



「―――中々に興味深い話だった。伊太利亜に行って良かったと思うよ。エリスちゃんに似合う洋服も沢山あったし」



白衣を着た冴えない感じの中年男性が横浜中心部の一等地の建物の前で何年か前に旅行で訪れた伊太利亜での出来事を思い出していた。楽しくて有意義な旅行だった。男性は建物周辺に何時の間にやら飾られた置物にやれやれと苦笑した。あの人物の云った言葉に嘘はなかったと分かっていても矢張無惨なものは無惨だ。置物を片付ける黒服の男達の内、漂う腐った臭いや置物に気分を悪くしている者もいる。「首領」と男性を呼んだのは中原だった。



「姐さんの尋問班が吐かせました」

「そうか。場所は何処かな」

「壟忱組跡地です。“死の幽鬼”首領ドン・ボスカチオンと幹部数人を引き連れ幽鬼の貴婦人を連れ戻しに来たと」

「そして、四年前中也君と太宰君が殺した御夫人の敵討ち、か。…今回の件、君に一任するよ」

「お任せを」



帽子を心臓の前に当て、一礼をした中原。男性は空を仰ぎ見てぽつりと呟いた。「幽鬼の貴婦人があんな子とはね…」捕虜の男が所持していた写真は、四年前太宰と中原が知り合った白金色の髪の幼女が写った写真とバイト中の雪平夏見の写真だった。何処かで見たと感じていた懐かしさに漸く納得した。夏見が中原に対し見せる表情や言動、行動凡てが彼の幼女と同じだったのだ。自分達の領地を荒らし回る外国のマフィアに罰を与える時がきた。



「必要な準備(もの)があれば何でも云ってくれて良いんだよ中也君。…と云いたいが、既に“死の幽鬼”を粉砕するのに十分な戦力の準備は出来ている」



含みのある男性の云い回しに中原は頷いた。



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