ー武装探偵社内ー

机にだらしなく突っ伏すのは、探偵社員周知の自殺嗜癖太宰治。入社時から遣る気の一文字もない男だが今日は特にそうだ。趣味の自殺にさえ精を出さないから最初は心配されたが直ぐに無駄だと判断され放置されている。米神を指で摘まみ、此の男の遣る気を引き出すべきかと考えるのは国木田独歩。太宰の相棒だ。然し、国木田も時間の無駄だと判断し放置する事に。こうなっては、誰も太宰を注意をする者はいなくなる。気の抜ける溜め息を吐き出した太宰は上体を起こした。漸く動きになったかと思うと机に置いていた携帯を取り、画面を操作すると耳に宛てた。何度鳴らしても相手は出ない。仕方無く電話を切り、携帯をまた机に置いた。



「やれやれ、何をしているのやら」

「太宰、いい加減書類を片付けろ!提出期限は迫っているのだぞ!」

「んー?んん…ねえ国木田君」

「なんだ」



書類については無視か、と内心苛立ちながら太宰の言葉に耳を傾ける。



「例の誘拐事件、乱歩さんは犯人達は誰かを探していると云っていたよね?」

「嗚呼。だが、特定するにも乱歩さんは中央からの要請で今日から北海道へ出張に行ったからな。犯人の標的さえ分かれば先に動けるのだが…」



太宰や国木田が云う乱歩とは、探偵社員の一人江戸川乱歩を指す。彼の異能力『超推理』さえ有れば、如何なる難事件も僅かな時間で解決出来る。彼に迷宮の二文字は存在しない。探偵者随一の推理力を誇る乱歩不在の今、誘拐事件は自分達で解くしかない。捜査で入手した資料に目を落とす国木田の表情は何時も苦い。犯人に繋がる決定的な証拠が何一つ無いのだ。被害者が拉致されたと思われる場所も特定不可能。太宰は椅子から立ち上がると国木田を呼んだ。窓の外を見つめる太宰の鳶色の瞳を誰も見られない。



「明日、事件は大きく動く」

「何故そんな事が分かる?」

「私の予言は当たるのだよ。其れと犯人達が探しているのは三人の人間。内二人は、拷問でもして殺さないと満足出来ない程恨んでいる。最後の一人は、心の底から愛する娘だよ」



脳裏に甦る四年前のあの光景―――



『え…る……エル…ヴィア……愛しい……エルヴィア』



太宰の拷問によって心身共に崩壊した女は変わり果てた娘を抱き、最後に私と彼の人の愛娘と呟いて息を引き取った。差し出された娘が偽りの娘と気付かず、最後まで自分の娘は暴力と強姦の末殺されたのだと思い込んだ憐れな女。女と偽りの娘の遺体は其の後部下に処理させた。窓硝子に映る純黒の闇。犯人組織(グループ)…否、“死の幽鬼”が横浜を荒らすのは、横浜を牛耳るポートマフィアが黙って街を食い荒らす害虫を野放しにする筈がないからと踏んでいるから。そして、相手が死の幽鬼だと知れば、四年前死の幽鬼の関係者や構成員全員、果ては首領の妻殺しの指揮を取っていた太宰や中原に指示が降りる。

だが、敵は大きな過ちを犯した。先ず、当時幹部だった太宰はマフィアを抜けて居ない。次に、死の幽鬼が思う程ポートマフィアは弱くない。何せ、横浜最強の犯罪組織と云っていいのだから。最後に、死の幽鬼の探し人は全員簡単に捕まる程柔じゃない。

然し、敵が何時太宰の所在を突き止め探偵社を襲撃するかは分からない。過去の忘れ物で彼等に迷惑を掛ける訳にはいかない。太宰は砂色の外套の懐から、如何して犯人の目的が分かるのだとひっきりなしに訊ねて来る国木田に取り出した物を押し付け爽飄と探偵社を後にした。



『彼の子とお前は正反対だが同じだ。彼の子も死に場所を求めている。唯、お前と理由が異なるだけで』

『人を殺す側になろうと、人を救う側になろうと、お前の頭脳の予測を越えるものは現れない。お前の孤独を埋めるものはこの世のどこにもない。お前は闇の中を永遠にさまよう』


『それでも…お前とは正反対の孤独を抱える彼の子なら、きっとお前の孤独を癒してくれる。太宰。彼の子を…頼んだ』



脳裏に甦るは女の拷問死体ではない。自身がマフィアを抜ける切欠となった一人の男。男は大切な友達だった。もういない。三年前に敵と相討ちとなって死亡した。太宰は懐から取り出した写真を見つめ、ポツリと零した。



「―――あぁ…約束は必ず守るよ。織田作…」



―――君が気に掛けていた女の子は、私にとっても大事な友人だからね





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